わんこめ映画評ら【と】


【あ】【い】【う】【え】【お】/【か】【き】【く】【け】【こ】/【さ】【し】【す】【せ】【そ】/【た】【ち】【つ】【て】【と】/【な行】

【は】【ひ】【ふ】【へ】【ほ】/【ま】【み】【む】【め】【も】/【や行】/【ら行】/【わ行】/【アルファベット】/【数字】
21世紀映画評入り口
 

ドア・イン・ザ・フロア』

夏の間だけ別居生活をしようと取り決めをした夫婦が各自浮気をする映画だ。うーん、氣持ちのいい話ではないなあと我慢して最後まで観ると、うん、いちよう納得のいく理由が提示されたよ。なるほどね。しかしだからっつって上映中に延々と抱き続けていた嫌な思いは払拭されるものでもないし。主演女優のキム・ベイシンガーは、似がよ絵の描き易い顔をしていたよ。それは美人ではないという意味だが(笑)。だから尚のこと、人には勧めづらいのだった。わはは。パーツはちょっとはよかったんだけどね、「音を立てないようにしている音」だの「靴はまだ足に履かれていた」だの。
 

トイ・ストーリー2』

1を観ていないのだけど1より1000倍面白い! 劇場で予告を観て「面白そうだな」って楽しみに観に行ったのだけど、予告の100倍面白い! “観ていて、涙が出るくない嬉しい映画”のうちのひとつです。アニメだからオッケィ、キャラクタがおもちゃって設定だからオッケィ、をふんだんに詰め込んでいるのだった!(にこにこにこ)
 

トゥー・ウィークス・ノーティス』

ヒュー・グラントがラヴコメをやると、本当に完璧だなあと思う。「そもそもラヴコメなんだから細かい煩いこと言うなよ」とゆースタンスを守って観るなら、こんな面白いことはない。きっと、細かい楽しいエピソードがふんだん過ぎて、観てから数年経過するとどのエピソードがこの映画のものだったか判らなくなるよな気もするけどそれでもいいのでしょう、ラヴコメなんだしね(笑)。
 

『トゥー・ブラザーズ』

アジア人は愚鈍で小ずるく、白人は軽薄でがめつく、欧米人は最後には“正しい行い”をするよう描かれていて、人間が出てくるすべてのシーンが不快です。虎だけで映画を撮ってくれたらどんなによかったことか。
 

『トゥームレイダー』

判り易い『アヴァロン』ですね。お姉ちゃんがロボットと闘うは、アイテムを取ると巨大石像が動き出すは、時間は止まるは戻るは、なんでもありです(にこにこ)。「どーせゲーム原作なんだから許そう」と思って観ると、こんな楽しいことはない。トレジャーハンターである主人公のお姉ちゃんが大富豪で、つまり無茶をする『トーマス・クラウン・アフェア』ってことだ。文句を言わずに面白く観よう。
 

『トゥームレイダー2』

ララ・クロフトは前作では訪れなかったエリヤを選んで、今回も宝探しの旅に出るのであった! まだララ・クロフトが来ていない国は次回作に向けて名乗りをあげるといいよ(笑)。きっと寅さんのロケのよーに、全世界の国を回ることでしょう! 前作ではCGが多用されたバトルになっていたけど、今回はアクション主体にしたみたい。そのせーで、敵が手加減をせざるを得なくなっているよ。それって、レヴェルが下がったってことでは!(ぎゃー)→【きねま猫】
 

『東京原発』

この映画を観る愚民どもにお勉強をさせるために、解りやすく、会議をしている想定を採りました。“反対意見を言うキャラ”“尻馬に乗るキャラ”などを配置し、済んだ議論を蒸し返すことなく話は予定調和でどんどん進められてゆくよう構成され、その通りに皆が順番に発言をする、という、たとえ舞台劇にしたところでレヴェルの低いシナリヨを、映画にまでするなんて、なあ! もう、噴飯もの。“子供に依る核ジャック”なぁんてエピソードまで入れてきちゃあ、絵空事ここに極まれりだ。「原発の危険性を訴えよう」と思っているとは到底捉えられない、もしかしたら必要性を植え込むための映画かもね。センスのないお利口ちゃんが作った映画でしょう。『博士の異常な愛情』でも観て出直してくるべきだと思います。
 

『東京ゴッドファーザーズ』

今敏のアニメィションはいつも敷居が高い。なんでアニメィションにしたくせに、こんな、現実にいそうな絵づらのデザインの人間になるんだよと思う。それも大友克洋ほど洗練された絵でもないし、なんかとっつきがものすごく悪い。が、観てみて驚愕する。そおか、これは、アニメィションでなければ表現できないではないか、とゆー工夫に満ち満ちているのだ。“何かとゆーと感動的になりそうなシーンで相手をひっぱたくオカマ”なんか、実写でやってたらものすげーヤな奴になりかねない。“生後まもない赤ん坊が意味のある言葉をひとつだけ、喋る”のも実写にアテレコでつけたら一気に白けるだろう。そして屋上からのダイブの、救われ方もだ。アニメィションでないと表現できないことを、ものすごく判っていて作られた、これはとんでもない名作なのであったよ。こんな絵なのに(笑)ってゆうか(こんな絵言うな)。そして語られるは3人組の浮浪者の物語。そもそも浮浪者を好意的に描くドラマって大っ嫌いなので、すげー身構えて臨んだ訳だったのだが、その点もものすんげぇ上手に展開するのでした。3人が3人とも、それぞれの過去ととても巧く対峙するのであった。ステキー! オカマの浮浪者に声を当てている梅垣義明が、劇中で『ろくでなし』を熱唱するのもラヴ(笑)。→【きねま猫】【C2】
 

『東京ゾンビ』

わはは。よくぞあの花くまゆうさくの漫画のキャラクタを実写化したもんだ。あとはオッケィ、単にギャグを繋げてやってるだけです。当代きっての名優が、ハゲとアフロになってくれたことに感謝しつつ、、深いことは何も期待しないでくだらなさを笑い楽しみましょう♪(にこにこ)
 

『東京タワー』

映像は綺麗に撮られている。でも、年増の方を選ぶなんてありませんからッ。こーやって男女が逆のパタンを観せられるとよく解るよね、「美少女がぢぢいになびく」なんて物語がいかにあり得ないか(笑)って。そーゆー映画が狒狒爺向けに作られているように、この映画は狒狒婆が観て歓ぶためのものだろう。黒木瞳は気持ち悪く、寺島しのぶは見苦しかったよ。その代わり男性俳優はとても美形でした。とても解り易く、「気持ち悪く見苦しい私を美形の若い男が好いてくれるぅ」とゆう妄想を抱かせるための映画だ。そうか。
 

『東京マリーゴールド』

田中麗奈のプライベートを見ているかのよーな(笑)映画です。何をもってプライベートかってーと「独りでいるために感情を外に表わさない無表情でいる」ってシーンが延々と映されている、ってゆー点でですね。田中麗奈が好きならオッケィ、嫌いなら観ててもどうよって思うこと請け合いだ!
 

『透光の樹』

50歳の秋吉久美子の裸とセックスシィンが売りの映画だ。そおゆうニーズに応えてのものでしょう、ターゲットは50代や60代のぢぢいなのね。げろげろ。
 

『灯台守の恋』

最果ての港町に流れてきて、しかしよそ者に排他的なその町で疎ましがられつつ灯台守の職に就き、さらに人妻と関係を持った揚げ句に居づらくなり姿を消す、とゆう“ありがち”を“どっかで観た”で捏ね上げたみたいな映画だった。人妻誑かすのを恋なんて綺麗なタイトルつけてはいかんなあ(苦笑)。
 

『トゥルー・クライム』

12時間で無実を晴らす、そうでないと死刑になっちゃうんだもん、ってゆう無理のある映画。こんな調子よく行く訳ないよねって誰もが思いながら観ているぞ。「隠された真実」が、なんで今まで判明しなかったのに12時間弱で明らかになるかなぁ。警察は何をしていたの?っていうお話ですね。
 

『トゥルーへの手紙』

かあいい犬の映画を観ようと楽しみに来るすべての観客を裏切っている。問題提起がしたいにしてももーちょっと語り方はあろうものを。こんな退屈な映画を創らなくっても、なあ。
 

『トエンティマン・ブラザーズ』

キャラに無駄な設定が附加されているのは、おそらくサーヴィス精神に依るものでしょう。主人公たち兄弟の命を狙う殺し屋の男が、意味もなく「文字の順番が全く逆に見える」目を持っている(笑)。それは何なんだ(笑)。面白いけどもさ。てゆーかメインの「受刑者をこっそり釈放させて強盗とかを働かせてまた刑務所に戻す」ってストーリィが、微妙に“フツーに変わって”るだけで退屈、だって訳だが。いかんがや。
 

『トーク・トゥ・ハー』

愛の形が描かれている映画ですね。行き過ぎているんだけどね(にっこり)。巧くいかなかった二つの例(ケワする男のと、縮みゆく男のと)は、でもしかしながらこれは純愛なんだけどね、男の側からしてみるとね(笑)。
 

『トータル・フィアーズ』

アメリカのボルチモアで原爆が破裂しきのこ雲が上がる、のが見ものです。裏を説明するくだりや、それを解明する顛末、解決の方法なんかには、別段そんなに萌えません。
 

『トーマス・クラウン・アフェア−』

おしゃれでゴージャスで、素敵な映画ですね〜。ラストの“絵を返すトリック”も楽しめましたし〜。お金持ちが道楽で泥棒をすると、こんなにスマートってゆう、「やっぱお金はあるに越したことがないね」って思い知らされる映画だよ(笑)。
 

『ドーン・オブ・ザ・デッド』

車でばんばん撥ねたり轢き潰したり、若しくはいっぱい集っている中から有名人のそっくりさんを探しては頭をライフルで撃ったり。ゾンビってそんな扱いを受けております。相手が「自分を襲ってきて喰い殺そうとする、異形」であった場合、大義名分があるのだ、正当防衛ですらあるのだ、そりゃあこれは楽しいわなあ。なんか、そーゆー話をアメリカが作ると、意味深なんだけどなー(笑)。逆に考えればいいんだけどね、「日常に銃があるような国」だから、その状況に合わせた、そのシチュエイションでやっとこどーにかこーにか対処が可能な、そんな難易度の高い災厄が襲いかかる設定が考案されたっつーことなんぢゃろうけども。それにしても流石に『ゾンビ』のリメイクだ、原初的な恐怖に徹して描かれています。自分を追っていても、近くにほかの人間がいると躊躇なくそっちへ向かっちゃうとゆー「何も考えてない」怖さとかね。もっと深い考察は、もちよん『ゾンビ』以降に作られた、例えば『28日後...』にて取られたりしているっつーのはやむを得まい。この物語に相応しい、充分に「いい」終わり方をするしね。そーゆーとこで徹底して、方向性が揃えられてはいるよ。
 

『時の香り〜リメンバー・ミー〜』

すべてに於いてレヴェルが低い映画です。最たるものは「アフレコで口の動きと台詞がずれている」のにそれを見逃して完成品として出荷している点ですね。映画のセンスのない、映画作りが下手な監督だとゆうことだ。
 

『ドクター・ドリトル2』

こうゆう映画をこそ、子供向けというのでしょう。動物が喋っているみたいで可愛い。可愛いのもいるけど可愛くないのもいるけど、動物好きだったらまぁ、可愛いと思うことでしょう。前作(観てないけど)で人気があったのであろうか、“酔っ払いの猿”ってのが出て来るけど、今回はなにも活躍しない。ってゆうかストーリィにまったく関係してきてない。活きてない。出さなきゃいいのに。“動物を、こんなに動かして見事に撮影しましたよ”ってのが観せたいのだろう。本筋のストーリィである「サーカスの熊を野生に戻して森に棲まわせる」とゆうミッションが、全然困難なことのように思えない。苦労しているみたいに見えてこない。きっと“動物を動かすのに必死”で、ストーリィは“動物の動きで表現できる範囲のもの”に限定されているため、だろう。なにも期待しないで観るべき映画です。そうすれば「よくここまで動物が動いたね」「可愛いね」など、制作者の意図どおりの感想を持つことができるでしょう。
 

『ドグマ』

キリスト教をちゃかした映画です。キリスト教知らないけど大丈夫かな?と思ってたけど全然平気。天使とか神とか出てくるので映像的に派手なことがいっぱいできて、楽しいのだ。
 

『独立少年合唱団』

70年代初頭の男子中学校の合唱部の話です。声変わりに依ってボーイソプラノを失う美少年が、やがて終焉を迎える学生運動の最後の抵抗とシンクロして…ってゆうのがメインの展開だ。元ちびノリダーが美少年ぢゃあない方のもう一人の主役をやっていて、簡単にはやおいになってはくださいません(笑)。過激派を辞めて田舎の学校に来て合唱部の先生をやっている香川照之がいい感じですね。
 

『閉ざされた森』

森林を舞台に展開されたミッションから帰還した軍人は2人だけであった、とゆう事件を解明する話。ストーリィが進むにつれていろいろアキラカにされてゆくミステリィ仕立てで、 ひとまず座りのいい結論に落ち着き終わったな、と思うやもうひとどんでん返そうとかする。うわ、もういいよ、充分どんでん返したよ、せっかく綺麗に終わったのに、もうこれ以上ひねるのはやめろよ、と思いつつ観ていると、ああ、そんなことを考えた自分を恥じた(笑)どんでん返しが待っていたよ(笑)。なるほどね! 最後まで観ると、とても綺麗に組み上げられたストーリィだったね(笑)。
 

『年下のひと』

19世紀半ばのフランスでの恋愛物語です。ひっついたり離れたり、ほんの一言の言葉遣いで仲たがいしたり、男は享楽的で娼婦を買うは、女はなんかしらんが惹かれてるので嫌いになりきってしまえないは、うだうだうだうだやっています。「ドラマチックとかそうゆうことがないけど、これがリアリティってことかなぁ」って思って観てたら、プレスを読んでみたら実在の人物の話でした。なーんだそうか。実際の恋愛状態での擦れ違いって、徐々に蓄積されて行ってどっかで臨界点に達して爆発するんだけど、2時間ちょっとの映画に収めるために“一言それを言うもんだから”にデフォルメされていた訳か。おフランス的恋愛ドラマが好きなら、好きかも〜。でもこんな男とはとっとと別れた方が身のためだと知れよ>女。…もしかして、我慢強い梅宮アンナちゃんか?
 

『トスカーナの休日』

最終的に、2人出てくる浮気男はどちらも罰を受けないってのが、なんか腹立たしいなあ!(笑) ま、罰を受ければいいのかって問題でもなくってさー。ラストの、みんな仲良く幸せに暮らしました、は好みなんだけど、そこに到るためにいっぺん不幸にならないといけないってゆーのがねー、どーもねー。洗濯機に落雷、はすごい。見ものだよ。→【C2】
 

『どつかれてアンダルシア(仮)』

この手のって、どうしても“どつき漫才”とゆう言葉で伝えられるイメィヂを持って観てしまうけど、それを期待してはダメ。日本のどつき漫才は、レヴェルが高いとゆうか奥が深いというか、ちゃんとしているって認識させてくれる反面教師になっている映画だ。ってゆうか、こーゆーパタンの映画って「主人公だから、この芸で売れたってゆう話だから、そう思って観てね」と観客に甘えてる面があるってのはなんとかならないもの? 本当にスゲエ芸をやる人間を起用するってのは大変だろうけど、だったらば観せ方でなんとか納得できるようにしておくれよ。特に顕著なのは“ダンスコンテストの映画”なんだけどね、優劣が解らないと思って巧いのかなんなのか不明なまま主人公たちが勝ち進む、ってパタンをとるのって。で、それと同じことを今回は“ウケる漫才”で感じたのだ。お料理映画なんかだとたとえ実際にはとても食べられない生のままの食材でも、映像で観れば旨ゲに映るしやり易いだろうが、笑いとか動きとか(あと服飾も実はそう)ってゆーのは、観客にすぐ底が知れるので、本当、観せ方をきちんとしましょうね。
 

『ドッグヴィル』

アメリカ、ロッキー山脈の小さな町ドッグヴィルによそ者が入ってきたことで、バランスが崩れる。ドッグヴィルの人たちはどう対処し、どう変化するのか。ってゆーのがストーリィだけれども、まず舞台装置がほぼ「地面に書いた白線」だけ。“ポスタを張るための壁”や“ベッドとか椅子”なんかはあるけど犬ですら絵だ。こっちで演技をしていても向こうの家の中で子供が遊んでいるのが丸見えです。そんな設定で、上映時間は3時間。それを飽きさせずに観せ続ける力は凄い。ってゆうか長いって感じなかったし。ラストも、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の時同様、どっちに転んで終わるのかが起こってみるまで判らなってゆー引っ張り方も達者です。冒頭に「全部で9章と、プロローグのあるお話だよ」って明示されていたのもついてこさせるのに役だってもいようし。解って、面白がって、変なことをして、映画を作っているのだ。お利口だねえ。→【きねま猫】
 

『ドッジボール』

『少林サッカー』のパタンだ。定番ってことなのね。弱いはずのチームがばりばり勝ち上がっていく、馬鹿スポーツ映画です。わはは。キャラクタがもうくだらないったらないし。お下品なギャグが全開だし。ビミョーに出鱈目できる「ドッジボール」って競技を見つけてきたってのが 勝因であろう。→【きねま猫】
 

『ドット・ジ・アイ』

なんだか、サスペンスっぽい映像がところどころに挿入されてるなあと思って観ていると、案の定、後の方で種明かしがある映画でした(笑)<そんなこと言っていいのか。てゆーか、それを隠したままでストーリィが進んでいくので、いまいち没頭できなかったのは確か。作ってる側は構成が解ってるからこれでいんだろーけどさ。もーちょっと、意外に思わせるなら意外さを、期待通りを狙うなら期待させることを、ちゃんと演出できたらよかったと思うのでした。種が判った後の展開が面白かっただけにね。
 

『突入せよ!「あさま山荘」事件』

あさま山荘事件に題材をとっているけれども、語られているのは警察組織内のごたごたです(笑)。ごたごたした組織にもかかわらず、事件を解決してゆくさまは予想外に面白く観られました。
 

『トップガン デジタルサウンド・リマスター版』

さすがに古臭いな、「同僚がミッション中に死んだ」からってガッツを失って(笑)飛べなくなるなんて、なんて甘い!(嘲笑) 音楽は、なるほど、この映画のサントラだったのかーってうろこだった曲が幾つかありましたー。はぢめて観たもので。
 

『ドッペルゲンガー』

途中でドッペルゲンガーは要らなくなっちゃいました。もっと、ラストに向けてうぢゃうぢゃいっぱいドッペルゲンガーが出現するのかと、『黄泉がえり』みたいなのを期待していたのに〜(笑)。この監督の映画はいつも「お金からもっとも離れたところにこそ理想がある」って動きをするキャラクタを使うよね。とても甘いポリシィの薄っぺらい映画ですね。ちゃんとさ、地に足をつけて生きる人を描いたら?って思います。
 

『隣のヒットマン』

不仲で、妻が夫を保険金殺人しようと狙っている夫婦の隣家に殺し屋が引っ越してきて、いろいろ起こる(笑)コメディです。困惑する夫が(小ギャグも含めて)いいキャラクタに設定されていて笑かしてくれますね。これといい、『サトラレ』といい、正直ないい人が結果幸せに落ち着く…って映画なのでキモチがよい脳。
 

『隣のヒットマンズ 全弾発射』

平和に暮らしていたのに引っ越してきた隣人が殺し屋だ、やくざだ、マフィアだ、なぁんてシチュエイションのコメディは最近ではやたらあるでしょう? だから、今さら4年前の作品の続編を作ってもなあ、となめてかかっていた。のだったが、いや、これは面白かったよ! いっそ前作をちっとも憶えてない状態で、しかし面白い面白い。たぶんね、一般人の側が、実はいつの間にか周囲を全て向こう側の人種で占められて独り孤立してしまうとゆう展開を見せるから、すなーち“異常者が一般社会に出現した”のではなく真逆に“異常者が殺し屋の世界に出現した”という形を採った、それが勝因でしょう。そうすることで一般人の逃げ場がなくなって、どんどん発狂していくさまを表現できるからね。楽しい楽しい面白い面白い。→【きねま猫】
 

『ドニー・ダーコ』

“銀色のでっかいウサギ(?)が出現し、世界の終末の予言を告げる”とゆー設定と、隠されたネタに比べて、起こる細かい出来事のエピソードが地味すぎる映画。終末を予言されておきながら、それまでの時間を普通に過ごしちゃなんにもならないとは思わなかったのだろうねー(笑)。設定負けしている映画です。
 

『トニー滝谷』

イッセー尾形好きなのに、しかしあのまんまでトニー滝谷の大学時代とかを演じられると、流石にイワカンでした。うーんうーん、なんでだろう、『ピノッキオ』は受け入れられたのににゃー。「ああ、作りもんなんだな」って思わせちゃいけないテーマだからかな。カメラアングルが独特でいい感じで、宮沢りえがとても達者で、雰囲気は悪くない映画だったのですがー。
 

『とび★うおーず』

デンマークのアニメです。子供3人が魚に変身する薬を飲んでしまい、人間に戻るために苦心するとゆうストーリィ。飛び魚になってしまう主人公の名前は英語版では「フライ」なのだが日本語スーパーでは「トビー」と出る。…だったら吹き替えにすればよさそうなものなのにね。蟹のデザインとか蛸のデザインとか平目のデザインとかには、なかなかいいデフォルメが見られます。
 

『鳶がクルリと』

そもそもなんでそんなに日本晴れにこだわってるのか。頑固親父とセクハラ社長で頑固の方の業者を選んだ理由は何か。まったく不明なままストーリィは、低級なデホルメを過剰に施されつつ進んでゆく。観続けるのがとても辛かった。そもそも最初に断った理由が「先に依頼された他の仕事に支障をきたしかねないから」という真っ当なもので、だったら誠意の面から言っても、決して最終的にこの仕事を受けてはいけないだろう。それが喰い下がることで覆るのだ。噴飯ものですね。ハードルも甘ければ解法も甘過ぎ。面白い設定を考えて、据わりのいいゴーユを決めて、その間を直線で結んだだけっていう安直な作りのシナリヨであったよ。安いなあ。
 

『飛ぶ教室』

子供には自分たちで問題を解決する力がある、とゆー夢を映画にしたもの。大人が見ると、最初っから問題を起こすな、と思いますが(笑)。そもそも、そうか、こんな昔から欧米人たちは「子供の間での問題で起こった法に触れる行為は、しかし大人には言わないのこそが、ルールだ」なんで思っていたのか。失笑ものですね。そんな奴らが『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』なぁんてくそ映画を作ったりしやがる訳だ。“禁煙”がいなくなって、連絡もしてこなかった理由を、ベルリンの壁の崩壊前後だったから、とゆうふうにずらしたのは上手ですね。あと、これと同じテーマでだったら、萩尾望都が遙かに今風(といっても既に画かれてから30年経ってるけど)にアレンヂした『3月ウサギが集団で』ってゆう名作を著してるんだから、そっちの方が価値が(この映画よりは)高いぞ。
 

『トマ@トマ』

モニタ画面を通してでしか外界と接触できない広場恐怖症の男が主人公。全編、そのモニが画面のみが映されるとゆう手法で、主人公の顔は全く映らないのであった。結局、異常な状況下の恋愛映画にすぎなかったって点がちょっと不満ではあるけど、近未来の世界のデザインなどなど、見どころは沢山あって楽しい。
 

『富江』

菅野美穂が綺麗で怖い。映画として穴は多いけど、それを補って余りある“雰囲気”の完成度があるのだった。『時をかける少女』を褒めるように、これも褒めよう。
 

『富江 re-birth』

『富江』はすごく面白かった。『富江replay』は全然ダメだった。そして第3作がこれだ。『富江』の菅野美穂は、狂気を演じるのがとても達者だった。『replay』の主役(憶えていない)は、行動上は狂気を演じていたが、ココロの中は普通の女の子であると露呈してしまっていた。富江の行動規範は「自分の心地よいように男をたぶらかす」「再生と復活と増殖があるので死を本気では恐れない」「人を傷つけることをなんとも思わない」だが、『replay』ではそれが甘かったのだ。さて、『re-birth』の富江は酒井美紀である。はっきり言って、女優としてのレヴェルは低いですね。いかにも演技演技した表情、動き、セリフ回しなのだ。が、それがこの『富江 re-birth』に入ると、一転すごく強い表現力を持つ。富江にとって外面は容れ物に過ぎないと思われる(左目の下になきぼくろが出来るとエンクミも富江化するくらいなのだから)。“男の子を夢中にさせる”程度の美貌さえ持っているのなら、感情が外に現れる必要はない(感情そのものすらないのかもしれない)。内面の狂気性が表現できさえすればよいのであり、外側が内面に対応して動く必要性はないのだ。むしろ、「何を考えているのか不明(きっと何も考えていないのだろう)」な方が狂気を表わすには効果的といえよう。それが、酒井美紀の富江ではやれてしまっている。例を挙げると、焼却炉で焼き殺されそうになる時、富江は「出してよお母さん もういたずらしないからー」と言う。これを菅野美穂がやると、きっと“小悪魔的”になるだろう。しかし酒井美紀はそうはならない。本当にそう思っているのか、騙そうとしているのか、助けて欲しくてその場しのぎの嘘を言っているのか、判別がつかないのだ。「純粋に、口先だけで言っている」のである。これを言ったことで助かりたいなんて微塵も思っていないとしかとれない。これは恐ろしい狂気だ。それが表現できてしまっている(きっと望むべくして、ではなく、表現上の未熟さゆえに、だろう)。つまり、一貫して“芝居ができていない”酒井美紀は、とても富江らしいのだった。(ひとつ押さえておきたいのはそんな状態で酒井美紀は“男をたぶらかす存在としての富江”足りうるか、という点。これについては「音無響子さんのルックスがそんなに多くの男を夢中にさせるものであるかどうか」という議論の際に達した結論と同じことが言えよう。『めぞん一刻』に於けるこの命題についてをかべは、「あの絵柄で示された女性の顔は高橋留美子漫画に於いては“男を夢中にさせる顔”だとゆう約束ごとになっている」と解釈した。すなわち観客の好悪に関わりなく、『めぞん一刻』では音無響子が一番もてるとゆうルールになっており、そして今回の『富江 re-birth』の中では「酒井美紀のルックス」が一番美形と決められている、とゆうだけのことだ) 第1作の『富江』を観終わった時には、菅野美穂を好きになっていた。とても魅力的な女優だと認識したのだ。しかし『富江 re-birth』を観ても酒井美紀のことを好きになったりはしなかった。ただし『富江』という(システムを持ったホラー)映画を、すごく好きにさせるパワーを持った富江、であった。これは映画としては、成功でしょう?(にっこり) …でも酒井美紀の富江はもう、解っちゃった。今度は違う女優に依る富江が観たいな(笑)。
 

『富江replay』

富江が出て来ないシーンが、たるくてゆるい。ああいうのを“三文芝居”というのでしょう。『うずまき』とか『富江』を期待して行くと、大きく外されるのです。だいたい、「普通の人が富江の魅力に捕われて堕ちてゆく」からホラーであり怪奇であるだろうに、それを“不倫をするような人格だから”“友人を妬み嫉む性格だから”富江の餌食にもなるわなぁ…なんて、理由付けなんかしたらあなた、単にバチがあたってるだけになっちゃうって解らないのかな。ただまあ、富江の出ているシーンのいくつかは映像的にとてもいい感じに出来ているので、逆手に取って、「普通の人間ドラマ」を観に行ったらそこに富江が出現してぴっくり、って角度で劇場に行けばさ、裏切られなくっていいかもね。
 

『ドミノ』

なんだろう、実在の女性をモデルにしているせーなのか、いまいちやってることがエキセントリックになってない。それを補おうとでもしたのか語り口が解りづらい。変な工夫で見せようとし過ぎ。もっとちゃんとしたシナリヨを解りやすく見せる映画の方が秀でているのだ、と勉強になった。
 

『友引忌/ともびき』

この映画の一番の売り、他に類をみない恐怖シーンは「まぶたを黒糸で縫う」です! ぎゃー! 早速冒頭でやって見せてくれるよ! しかし、それが本編のストーリィと、一切関係ない(笑)。ぎゃははっ。韓国のホラーってこゆふだと、久ヴぃさに思い出させてくれました。「その時恐いこと」だけを繋げて作っているので、そのつもりで観るべき。さすが、“松竹がかなり前に買いつけていて、今まで温めていた”、“あの『ボイス』の監督が『ボイス』を撮る前に撮った”ホラーだけのことはある!(苦笑) 期待や予想をしてはいけません、きっと裏切られようぞ。
 

『友よ チング』

4人の幼なじみが成長して、そんで友情は…ってゆう韓国映画。うちふたりがヤクザになって抗争に巻き込まれたりしますね。まぁ、起点を小学時代に置いて、ずっと4人がコンタクトを(数年に一度でも)取り続けられるってゆう設定にしたからこそこの話になっただけで、ミモフタモナイことを言ってしまえば小学時代の幼なじみなんて、進む道が違って当り前ぢゃん、それで20年後とかに友情がまだ存在していてほしいなぁんてのは、そりゃあ幻想でしかないやろ、としか思えません。感動的にしようとゆう意図は解るんだけどね。
 

『ドラキュリア』

いまさら?と思いつつ観に行ったドラキュラ映画でしたが、画面や台詞回しなんかにいいセンスがあって楽しめましたね。「なぜドラキュラは十字架や銀を恐れるのか」の解明は、ああ、そうですか、どまり(笑)でしたけれども、まぁそれを上手に料理して面白く映画に仕立て上げていると言えましょう(にっこり)。
 

『ドラキュリアII 鮮血の狩人』

前作できちんと解決している『ドラキュリア』の続編です。あれで、綺麗に終わってるのに、またそーゆーお調子に乗ったことを…と思っていたら、これはすごい(笑)。バスタブになみなみと湛えられた血液はどす黒く、邦画でよく見られるみたいな赤ぢゃないとこに好感が持て、さらに出色だったのはこーゆー軽いタッチのホラー映画に必須のギャグ方面のセンスが秀逸だったのだ、これは面白凄い。「4万7812」「73万7898…99」に驚愕せよ(笑)!→【きねま猫】
 

『ドラゴン・ヘッド』

廃墟と化した風景を見せるのは、流石に飯田譲治は達者ですね。但しストーリィは、「のっぴきならない」とか「とにかくそこから逃れたくて次に進まざるを得ない」感が希薄。観ていて、ああ、こーゆー極限状況になったら、こーなるのも仕方ないよねと思いながら、つまり、醒めて観ておりました。なぁんか主役が我々と同じく、観察者みたいになっちゃってんだ。SAYAKAは灰をかむって白い顔になると能面のようにブスだし(醜)。妻夫木は“動転した時の演技”は足さえもつれて転べばいいと思っているし。渇いているはずだろうにドリンクを飲み残すし<『28日後...』を見習え。妻夫木の爪は、ラストシーンでもとても綺麗に切り揃えられているし。なんてゆーか、描き方が、低レヴェル。
 

『ドラッグストア・ガール』

田中麗奈が五十代の親父たちの憧れの人になるお話なので、とにかく田中麗奈が綺麗に撮られています。それに尽きる。→【C2】
 

『とらばいゆ』

勝てない女流棋士が旦那さんに当たり散らす映画です。“夫側が耐える”って点で、いい夫婦喧嘩の描き方をしている。恋愛状態の延長のままの理想の夫婦って訳だ。こうありたいよね(笑)。
 

『トラフィック』

メキシコからアメリカに密輸入される麻薬にまつわる人間群像を描いた映画です。全国麻薬対策本部長を父親にもつ女子高校生が麻薬をやるシーンが、とても気持ち良さそうで(笑)あんなに気持ち良さゲならやってみたいな、と思わせます<本当は“こんな可愛い女の子すらも毒牙にかける麻薬なんて!”ってのを演出したかったのだろうけど(笑)。2時間28分の間にいろんな人やいろんなエピソードがちりばめられて出てくるので、判りづらくってちょっと萎えました。もっとさ、映画って判り易く構成しようよ。
 

『どら平太』

主人公がスーパーマンなので小気味がいいです。
 

『ドラムライン』

日本でこれを作ったら絶対に『となりのトトロ』とか『宇宙戦艦ヤマト』とかを演奏するぞ、こいつら。それにしてもアメリカ人はバトルが好きです。そんなに、敵チームのバンドの鼻づらまで近寄って、相手が首から下げている太鼓をどかすか叩かんでも(笑)。
 

『トランスポーター』

いかにもリュック・ベッソンらしい「一芸(今回は運転テクニックなどの、運び屋としての才能)に秀でた男が女の子を拾って騒動に巻き込まれ、実は一芸どころか超人的に強いことが明らかになりつつ力任せに解決する」話です(笑)。今回のヒロインはスー・チーでしたので、敵の側に拳法系の敵がいたりとか、そおゆう方向での特色が見られましたね。あとはいつものとおり。
 

『ドリアン ドリアン』

フルーツ・チャンの映画は、解り易く作ろうとは、まったく思っていないようですね、いつもながら。キャラの同定すら出来ないまま観続けているものだから、キャラ間の関係も曖昧でいるうちに話がどんどん進んでいってしまうのでした。
 

『ドリーマーズ』

映画と毛沢東が好きな1968年のフランスの若者3人が享楽的で自堕落な生活を送る話。フランス人が観たら『69』だとか『1980』みたいな懐かしさを感じたりするのだろうか。こーゆー無軌道さは観ていてあんまき気持ちのいいものではない。どーしたいんだろうね、いったいね。それなりに悩んでもいるみたいだけどもさ、生き方に全く共感できないので、レヴェルの低い若者たちなんだろう脳としか思えませんでした。
 

『ドリームキャッチャー』

この映画に出てくる“記憶倉庫”というシステムは映画史に残る発明でしょう。小出しに謎が明かされていくにつれて、どんどん思っていたのと違う方向に進んでゆくからいつまで経っても常に新しい興味と謎が提供され続けてて、連れてかれるそっち方向が性に合ってる人にはうはうはであろう。
 

『ドリームメーカー』

出てくる大人がばか過ぎ。なんでコドモが考えた“お店を流行らす方法”なんてのが活きて、大人はただ単に「もうこの店はダメだ〜」なんて言っているかなぁ。あと、金策に困っているというのに休みの日にふたりで沖縄行ってんぢゃねえよ(笑)。暴走族は集団走行はしているけど決して暴走しないし。それを官憲はヘリからネットを落として確保するっていう危険きわまりない方法を採る悪者として描いているし。「大人は解っちゃいねえ」を演出しているのでしょうね。観る価値はないです。
 

『ドリヴン』

ストーリィは、“次のレースで誰と誰の間に確執があって何を起こそうか”とゆうためだけに存在するもので、見どころはレースシーンです(当たり前)。ラストのクレジットでスペシャル・サンクスtoの中に「SONY プレイステーション」の名前が挙がっているだけのことのある、映像だよ。なんと言われようとやっぱ事故るシーンが好きですね(にこ)。
 

『トリコロールに燃えて』

第二次大戦中に巧く立ち回りながら生きてゆくシャーリーズ・セロンのことを、10年以上の長きに亘って好き続ける男の物語、でした。つまり生きざまは『カルメン』、表現形態は『マレーナ』、実情は『シャーロット・グレイ』ってゆう映画だ。簡単に言うと、ありがちで救いがない(笑)ってこと。
 

『ドリフト』

出てくる人の見分けがつきづらい、香港の「鉄砲撃ち合いおもしろ映画」でした。
 

『トリプルX』

アクションが痛快だと思える映画は久しぶりでした。一番好きなのは「雪崩を起こしつつその直前をスノボで滑走する」奴です。すぐに公開してくれるのなら続編が観たいところです。とにかく派手なシーンと派手なシーンをつないで、あとから話を考えたのではないか(きっとそうだろう)ってーくらいの息をつかせぬ展開が楽しめたのであった(にこにこ)。
 

『トルク』

走っている列車の上にバイクで乗って走るとか、そっから客車に入って通路を走るとか、いろいろバイクの走りを見せてはくれるけど、例えばモンスターマシンのエンヂンをかけると周囲の人が吹っ飛ぶ、なぁんて演出を面白がって混ぜてしまうことによって、だったら全編CGでやるのとどー違うのか?とゆう疑問が湧いてしまいますね。「ここは実写だから凄い」「ここは演出だから楽しい」とかって、観てる側が制作側の意図を汲んで面白がらないとならないってことなのか。メタね。
 

『トレーニング デイ』

自分が配属になった麻薬捜査課の上司が悪徳警官だった、とゆうお話です。が、悪徳警官の側にもとても一理あるのだ。筋が通っているだけに主人公ははたしてどおゆう道を進むのかが楽しく観られる映画なのだった。主役のイーサン・ホークの顔が映画が進むにつれてみるみる変わってゆくのもミモノですね。
 

『トレジャー・プラネット』

立ち上がりが、テンポがよ過ぎて盛り上がらない。クライマックスの見せ方は心得ているらしくかっちょうよいが、冒頭から出航するまでではらはらするシーンが一カ所もなく、船での生活もいつものように“音楽に乗せてサイレントのモンターヂュで見せる”ってゆう手の抜き加減であった。ちょっとは宮崎駿の積み上げ方を参考にしたらどうだろう、と思う。主人公の顔の造作に魅力がないのも敗因だろう。このデザインを選択したのははっきり失敗であった。それでいて、狂言回し役は2キャラクタもいてうざったい。自分の目的を阻害するこんな行動を採る道連れを、切り捨てない主人公の心情が理解不能。一緒に連れて歩くだけの「価値」を見せてくれなきゃ。これらはすべて、ステレオタイプとしての“この手の物語の語り口”を踏襲しているために起こっているのだ。そんなにも楽な道を通ってアニメを作っても、伝わるものはないのだと知れ。
 

『トロイ』

火の玉攻撃と、アキレスの空中殺法が見もの。トロイ側が、攻め込まれて滅ぼされて当然のことをした、ってゆーふうに描かれているので、この戦争に反感を抱くことなく観ることができました。もしこれを日本でリメイクするんだったらトロイ王はおひょいさんがやるといい。
 

『トンケの蒼い空』

エキセントリックならなんでもいいとゆー低い指向で作られた低レヴェルな映画。中途半端な荒唐無稽が一番たちが悪いのだとよく知れよう。おふざけにおふざけを重ねてストーリィを語っていってるだけなので、一瞬たりとも思い入れできません。なんで牢屋を舞台にした決闘なんてのを警察が認めるなんてゆうシナリヨが書けるのか、理解できない。
 

『トンネル』

最初人物の同定ができぬまま話が進んで行っちゃったとしても大丈夫。2時間47分もあるので観てればそのうち判る時が来る。そして2時間47分もあるので、いっこいっこのエピソードをちゃんときちんと描いている。余裕しゃくしゃくだ。長さを辛いと感じなかったのは、それだけの出来事が必要なストーリィだったからでしょう。


【あ】【い】【う】【え】【お】/【か】【き】【く】【け】【こ】/【さ】【し】【す】【せ】【そ】/【た】【ち】【つ】【て】【と】/【な行】

【は】【ひ】【ふ】【へ】【ほ】/【ま】【み】【む】【め】【も】/【や行】/【ら行】/【わ行】/【アルファベット】/【数字】
21世紀映画評入り口