わんこめ映画評ら【ら行】


【あ】【い】【う】【え】【お】/【か】【き】【く】【け】【こ】/【さ】【し】【す】【せ】【そ】/【た】【ち】【つ】【て】【と】/【な行】

【は】【ひ】【ふ】【へ】【ほ】/【ま】【み】【む】【め】【も】/【や行】/【ら行】/【わ行】/【アルファベット】/【数字】
21世紀映画評入り口
 

ライディング・ザ・ブレット』

「考えが恐い方に行ってしまった」のを見せまくるだけで実際には恐くない、ってのを見せまくるを蔭で本当にこあいべきシーンがこあくない(笑)。てゆーかそんな夜暗くなってから190km先までヒッチハイクで行こうと思ったらこあいに決まっとるわっ。自分で選んでおいて怯えて、馬鹿?→【C2】
 

ライトニング・イン・ア・ボトル』

もウ、マーティン・スコセッシったら、こぉんなブルースミューヂシャンがお歌を歌うだけのスティヂをただ撮っただけってゆー映画が大好きなんだから! 日本でこれを作ったら、さしずめ演歌かニャーと思って観ていました。馴染みがなくて歌唱力があって大御所がいるってことで。つーことはきっと、こっちには判らないけど、なんだかしがらみとか派閥とかもあるんだ、きっと。ほう。
 

ライフ・アクアティック』

ギャグがとても微妙に、細かく入っています。こーゆーの全部好きだったら全部好きなんだろうなーと思う。大笑いを呼ぶほどのサイズではなく、延々とくすくす笑いが続くって感じで、だからスウィッチの入り方次第ではちっとも楽しめないこともありそうでしょうが。
 

『ライフ・イズ・コメディ!〜ピーター・セラーズの愛し方〜』

ピーター・セラーズ役のジェフリー・ラッシュがむっちゃ似てる! 『博士の異常な愛情』のシーンとかやってくれて、つごい嬉しい! この手の“有名人の伝記映画”って何観ても切り口がいかにもでイヤンなんだけど、ああ、好きなピーター・セラーズをこうやって紹介してくれると嬉しいねえ(笑)<自分勝手な! 案の定、映画になるだけあって狂気を秘めていたのか。「ピーター・セラーズが考える、都合のいい、周囲の人々の思考」ってのの表現方法が秀逸です。ピーター・セラーズをモチーフにしたならではだ。あとね、お母さんが『ベルヴィル・ランデブー』のお婆ちゃんみたいなルックスで、ソフィア・ローレンの乳がとてつもなくでかいよ(笑)。その辺もミドコロ。
 

ライフ・イズ・ビューティフル』

まぁ、面白いです。最高なのは「ゲームのルールを説明に来たので通訳する」ってシーン。この人が『ナイト・オン・ザ・プラネット』のイタリヤの運転手だって、後から教えてもらったよ。ふーん。もう全然、『ナイト・オン・ザ・プラネット』忘れているをかべだ<ダメぢゃん! 『ゴースト・ドッグ』のアイス売りが『ナイト・オン・ザ・プラネット』のフランスの運転手、って聞いても、実はそっちの方がイタリヤよりももっと覚えてなくって〜<全然ダメ! そうそう、これといい、『ラン・ローラ・ラン』といい、英語の映画ではないのにどうしてタイトルが英語なのかっていうのを今年はぢめて認識、そして判明させたのだけどさ、英語圏で公開された時のタイトルをカタカナに直して邦題にしている訳ですね、なるほどね〜。
 

『ライフ・イズ・ミラクル』

戦争を描いているのにこんなに陽気で楽しい、ってのはキャラクタ造型の見事さ故ですね。こーゆーのをこそ真に上質のコメディ映画というのだ♪
 

ライフ・オブ・デビッド・ゲイル』

死刑廃止論を唱えていた大学教授が殺人罪で死刑を宣告された、それが冤罪ではないかと調査する雑誌記者!迫りくる執行の日!とゆー筋立てのお話です。途中で引っかかるところがある。この選択は、どうよ?とかだけど、どれもこれも最後まで観ると、「この映画の根底に流れるルール」を知ると、全部が計算づくであったことが知れる、とゆーそーゆー映画ですね。何を言ってもネタばれになりそーだけどね<と言っただけでネタばれだろうが。何も知らずに観ると幸せであろう。
 

『ラヴァーズ』

【ドグマ95】の手法で撮られたフランス映画です。なんか家庭用ホームヴィデヨで録ってつないだみたいな拙さが前面に出て、観てて慣れるのにちょっとかかる。慣れてしまえばなんてことのない、「不法滞在のユーゴスラビヤ人とフランスの女の子との恋愛映画」でした。こーゆー、わざと表現手段に枷をはめてはらはらさせてそれで引っぱって観させるってーのはどうよ?(笑)
 

『ラヴァーズ・キス』

いかにも、吉田秋生らしい人間関係の話でした。即ち、
  1. 女A、女B、女C、男A、男B、男Cがいる。
  2. A同士は相思相愛である。
  3. Bは、同性のAが好きである。
  4. Cは同性のBが好きである。
とゆー人間関係だ(笑)。女Aであるところの平山あやは可愛く撮られていたし、タイトル通りキスを一杯していたし(笑)、映画化した甲斐のあるヴィヂュワルに出来わがっていて、好ましかったのだった。
 

『ラヴェンダーの咲く庭で』

お婆ちゃん姉妹が海岸で行き倒れている若いいけめんを拾ってくる話。護る対象が出現したことでお婆ちゃんラヴが発動するけど、完治したらいけめんは巣立つよ、そりゃあ。ってゆー、所謂切ない恋心を描いています。誰が見てもこれは巧くはいかんわとすぐ解る間柄、ってのを表現するために“老い”を利用している訳だ。男女が逆になると『エレニの旅』になってどろどろしたいやらしさが出ちゃうところだろう。なぁんとなくやるせないけど、お婆ちゃんがかあいいのでなんとかしてあげたいけど、冷静に分析すればそーゆーラヴは自分が若い時分に経験し済ませておくべきなんだよねーとかいろいろ考えさせられますね(笑)。そんな冷静に対処されちゃ映画になんないんだけどね。わはは。
 

『楽園をください』

どうゆうタイトルだ(笑)。南北戦争のお話です。主人公が南軍のゲリラなので、普通の戦争ものにプラスして「どこで戦闘から降りるか」「戦う目的が潰えて外れた時、では次に向かう方向はどちらか」などを描くことになるのだった。転身を描く映画ってのは、新鮮でよいですね。ただ、前半部はねぶかった(笑)し、後半部のゲリラ戦は陰惨ですね<一般人を虐殺して略奪する、ってのがメインだからね。ま、だからこそ主人公は戦闘から降りる決心がつき易くなる訳だけど。
 

『らくだの涙』

「母らくだが産んだ仔らくだの世話をしない時に、それを治療する方法がある」ってとこまで調査して撮りにきたドキュメンタリィです。ロケに来た時にまさしくこのアクシデントが起こったからよかったけど、もしこーゆー事態に陥らなくても、きっと「母らくだが病気で死ぬ」か「仔らくだが狼に獲られて喰われる」かが絶対に発生するから、そっちでもいいやって気でやって来たそうだ。うわあ。中でも、一番感動的で救いのある物語が撮れて、本当によかったね! これこそがドキュメンタリィ撮りの心構えなのだなあと思い知らされるのであった。
 

『ラスト・キャッスル』

横暴の限りを尽す刑務所長に反発して囚人が一念発起、反乱を起こす話。そう易々と、こんな設定がクリヤできっこないと思われるすべてを、「軍刑務所での話だったから囚人のすべてに実戦経験があった」とゆう説得力で一致団結させてしまうのであった(笑)。着眼点がよいですね(笑)。予想した通りに、巧いぐわいに展開してゆくよ。ただ、伏線も何もなく、いきなしバトルシーンになるとどこからともなく“すでに用意されていた手造りの投石機”なぁんてのを出してきちゃうってのはやりすぎでは。これを認めたら、何を持ち出してもすべてオッケィになっちゃわない?
 

『ラスト・サムライ』

綺麗な日本が描かれます。トム・クルーズが美形だから、それに合わせたのでしょう。冒頭、トム・クルーズが来日するシーンの“横浜港の向こうに富士山が見える”カットですべてが察せられる、これはハリウッド的デフォルメが存分に加えられた作品です。この映画は、よくある“西洋文明が見下していた後進国にスポットを当て、美化して見せてあげましょう”ものなのだから、とにかく何もかもを美しく映すのは必須なのですね。とうてい真実の日本を撮りたいなんてこれっぽっちも思ってはいない、そもそも吉野の植生がソテツなんだから(笑)。だから観る側も「日本をこんないいふーに撮ってくれた」なんて間違った有り難がり方してないで、『アンナと王様』観るみたいに、西洋人が異文化に触れて感激しちょるわい、と捉えるが宜しい。「とてつもない急進の証」としての電線の絵には、さすが、いい演出を施すものだなあと思わされました。
 

『ラスト・ハーレム』

今世紀初頭のトルコの、ハーレムのお話です。綺麗なお姉さんがいっぱいだ。しかし見分けがつかないのだ(笑)。“トルコ風呂”というものが何故命名されたかが判るシーンもあるのだ(にこにこ)。映画の語り口がちょっと凝っているのもミドコロかな。
 

『ラスト・プレゼント』

死に瀕している奥さんのために、小学校時代の初恋の人を捜してあげようと尽力する売れない芸人の話。感動させようとしているのは判るけど、オチではぢめて「自分が奥さんと同じ小学校の出身であった」ことを知るってのはどーだろうか(笑)。
 

『ラスベガスをやっつけろ』

ドラッグをキメて、幻覚をばんばん見ながらラスベガス取材を敢行するゴンゾ・ジャーナリストの話。そうと知らずに観始めると、「これはなに?何が言いたい訳?」って戸惑っている内に訳の判らぬまま話が進んでゆき、ついには観続けることを放棄して映画館で寝る…羽目に陥りますね(断言!)。きっともう一回観ると、初見よりは楽しめることでしょう。が、一回観ただけの評価は“最低ランクの内のひとつ”なのだった。判りづら過ぎるわ、この映画。
 

『ラッキー・ブレイク』

刑務所の囚人たちが脱獄を図る話。囚人たちのキャラ分けが巧く設定されているので登場人物が結構いる割りにはごちゃつかずに観られました。“刑務所長がミュージカル好きで、囚人たちにミュージカルを演じさせる。そのお披露目のどさくさに紛れて脱獄を計画する”とゆう展開を知った時には「そのミュージカルが受けつけない類いのものだったらどおしよお」と思ったのだったが、その点も大丈夫、英語圏でしか解らないところにまでは踏み込んでいない程度のミュージカル扱いでした。
 

『ラッシュアワー2』

アクションとかくすぐりを楽しむための映画なので、そんなストーリィには細かいことは言わないで観るのが正しかろう。例によってラストにNG集がついているけど、クリス・タッカーの真骨頂はここで観られる!と言っても過言ではないかもだ(笑)。
 

『ラットレース』

900キロ離れた駅のロッカに入った200万ドルを目指して選ばれたいろんなキャラクタがレースをするギャグ映画です。障害と、さらにどうやってリタイアさせずにレースを続けさせるかにアイデアがふんだんに詰め込まれていて楽しい。たぶん作る側が一番楽しんだことだろう。
 

『ラブ・アクチュアリー』

阿呆な恋愛映画(笑)です。でもハッピィな阿呆だよ!(笑) とにかく言いたいことは「クリスマスに向けてみんな幸せになろうね」に尽きる。ちょっと男性視点だけどね>特に、イギリスでもてないからアメリカに行くってゆー話と、キーラ・ナイトレイがサーヴィスし過ぎる話はね。これをクリスマス前に観たら、もう、ラヴラヴでしょう(ラヴラヴ〜)。あと、テッテーしてイギリス色を前面に押し出しているので、ベイ・シティ・ローラーズとかビートルズとか、そっち方面の造詣が深いほど楽しめることでしょう。
 

『ラブ・オブ・ザ・ゲーム』

野球になんの興味もないけど、野球にのめり込み過ぎて女の子をナイガシロにしてはいけませんよってことを教えてくれる映画だから楽しんで観ました。ピッチャーである主人公が完全試合を達成するのは、お話なんだから「ふーん」なんだけど、試写会でその瞬間に拍手をする客が1名いて失笑ものだったね(にこ)。きっとプロ野球ニュースを観て、録画に向かって声援を送ってしまうタイプなのでしょう。それにしても、アメリカでも「宇野勝のよーにでこでボールを跳ね返す野手」ってのはネタになるのか(笑)。
 

『ラブストーリー』

母親時代の恋愛と、娘が出わう現代の恋愛がオーヴァラップして語られる韓国映画です。母親の日記を読み進めるとゆう趣向ですね。いいぐわいに入り組んだシナリヨになってて、出来のよいラヴストーリィに仕上がっているのでした! しかしテスはどーして逆モヒカンだったのだ(笑)。テスの性格を象徴してもいるんだろーけども、「第一印象」を巧く活用しているってことでしょうね〜。目を逸らさせる、いい手法だったと思います。大胆で、上手だなあ(感心)。
 

『ラブドガン』

エキセントリックさが、どうも微妙に、駄目。“ただその場の思いつきの出鱈目”をやっているのでしょう。すべてにおいて浅い印象しか受けません。中庭に面したマンションの3カ所に永瀬正敏が同時に出現して、いったいどんな隠喩なんだろうと思ったらその3人が「おっ」って挨拶をするだけ、ってゆー薄いギャグなんかを入れたりする。そのシーンまではなんか深い意味があるのかと思ってたんだけど、見切りをつけました。観客ですらそれはやらねーぞと思う、それ以下のレヴェルのものを見せられちゃね。
 

『ラベンダー』

超美形のケリー・チャンのところへやっぱり美形の天使の金城武が落ちてくるラヴストーリィ(笑)。おそらくオンナコドモをターゲットに作られた映画だ、ここまで絵空事に徹底してくれると、いっそスタンスが解り易く、娯楽として楽しんで観ることが出来ましたね。だからと言って、考えなしに作られている訳では決してなく、例えばケリー・チャンの隣人をおかまに設定したのは、「金城武を取り合う恋敵」を“物理的な接触は「汚らしい」という理由で映画から排除することが出来”“観客の誰一人として、ヒロインではなくおかまの方とこそ巧くくっつけ、なんて思わせることなく”“だからと言って決して人間的に劣っている訳じゃなくて、それどころか洞察力とか愛情とか頭のよさの点ではヒロイン以上のものを持たせることが可能で”“ただ単に男、そしてルックスがファンキィであるという理由でたとえその想いが成就しなくても観客を納得(笑)させられる”まで計算したが故、なんだろーから大したもんだと(笑)思いました。「ヒロインよりも秀でているのに結局主人公と恋仲にはなれないライバル」なんてゆーストーリィ盛りわげ上とても都合のよいキャラクタをこの方法で実現しているのだ。賢いと思います。
 

『ラマになった王様』

日本語吹替え版を観たのだけど、主役である王様クスコの声をあてている藤原竜也の乗りツッコミは、ちょっと辛い(笑)。お話は往年の東映の『長靴をはいた猫』のよーに、面白いよ。日本語吹替え版の分際でこんなに面白いとは驚きでした。
 

『ランダウン/ロッキング・ザ・アマゾン』

ザ・ロックはとにかく勝つ。特に、窮地に陥った時には100%勝つのだ。安心しきって観れる、痛快極まりないアホバカアクション映画であった。ぎゃはは。
 

『ランド・オブ・ザ・デッド』

既にゾンビィが人を襲おうと、そんなのフツーだ(笑)。だからジョージ・A・ロメロはもうそんな位置にはいない。設定はSFでやってることはアクションサスペンスでした。圧政者と虐げられた者どもの間の、人心の性をセキララに描いているよ。それでもゾンビィが人を襲う際にはきちんと内臓をどろどば出してくれて、きちんと押さえるべきは押さえているし。すなーち内臓の出る人間ドラマが展開するのだった。フツーの映画としてレヴェルが高いよ♪→【きねま猫】
 

『ランド・オブ・プレンティ』

アメリカの、これが極右なのであろう、“独り陸軍親父”がテロリストを駆逐するために空回りをする話。見るからに空回りなので映画の最中に破綻するであろうまでは予見できるのだけど、それにしてもだれか無実の他人に多大な迷惑を及ぼすのではないか、傷つけたりはしないか、キガキでなくて延々と胸くそが悪かったこと!(笑) しかしさすがに着地点だけは清々しい。製作者側の意図のとおりってことでしょう、「こんな親父には辟易するね」「でも人が不幸になる様を観せたい映画では決してない」って2点。
 

『乱歩地獄』

江戸川乱歩原作だとの大義名分がなければこんな猟奇的な映画は作れまい、てゆーか作ってもめっちゃB級のレッテルが貼られちゃうであろう。かようにマニワックで悪趣味な映像が高レヴェルな完成度を持って映像化され公開に到るなんて、とても喜ばしく有難いことでござりまシュー(にこにこ)。美しく撮られたグロテスクを愉しみましょう♪→【C2】
 

『ラン・ローラ・ラン』

イントロから10分が最高に秀逸!! こんなに最初っから引き込まれる映画はほかにない。これを観たあとではどんな映画の冒頭シーンも、すべて眠いぞ! これもLD組です。
 

『リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い』

出てくる“有名小説のキャラクタたち”を知らないんだから、これを観ても面白くない。特に『ドリアン・グレイの肖像』とシャーロック・ホームズのシリーズは必読でしょう。ハイド氏に理性が残っているってゆーのも(もとの小説を読んでいないまま)どーかと思うし。
 

『リード・マイ・リップス』

まぁ、予期されたことだけど、「難聴故に読唇術ができる」女性が主人公に据えられたのはひとえに、延々と話が進んで1時間半以上が経過した時、それを利用して問題を解決するためであったぞ。そーゆーシチュエイションを出現させるためだけに、それまでのすべてがあったのぢゃ。ひゃあ。ご苦労さま。
 

『リーマン・ジョー!』

駐車場の場所取りで、娘と同僚の前で殴られて恥をかかされた主人公が一念発起し体を鍛えて再戦に臨む、とゆうお話。細かい演出が楽しいので、割りとありがちな展開にもかかわらず面白く観ることが出来ました。

『リクルート』

これ、売り方間違えてる。「自分の五感すらも信じるな」ってゆー台詞を強調し過ぎてるから、冒頭から、本来なら疑う対象ぢゃない相手を疑ったままでずーっと映画を観ていたら、もろ直球でした(笑)。そんなこと、言わなきゃ“予期せぬ結末”だった、かもしれなかったのにー。若しくは、端っから疑ってかかっても構わないような、それ以上にあとで判明した時にショックを与えられるほどのバックグラウンドを持たせるとかさ。どーせ勘のいー奴なら気づくにしてもさ、せめてどんでん返し系の話だと、そこまで宣伝されずに観たかったよ。
 

『理想の結婚』

19世紀末のイギリス社交界のお話です。って聞いて、全く期待をせずに観に行った処が、面白かったのだった。一番の勝因は“邦訳しても楽しめるウィットに富んだ会話”ですね。よくありがちな、韻とか名作からの引用とか、英語圏の人間でないと入り込めない類のものではなかった訳だ。
 

『理想の恋人.com』

そんなにラヴに必死になるかなあ。コメディを作らねば!つったからって、そんな、色氣違いな。いくら周囲が煽るからつっても43歳のヒロインは、もーちょっと達観しろ、と言いたい。
 

『理想の女』

1930年が舞台の、ダブル不倫の疑惑が起こるお話でした。古臭くてイヤンと思いつつ臨み、どこが理想の女なんだよと憤りながら観たのだけど、おあってみたらとてもよいラストが待っておったよ(笑)<そんなラストばれはせぬ方が本当はよいのだけどもなあ。ほう。今なお、こーゆー定番のストーリィを堅く作ると、観られるレヴェルの映画ができるものなのだと知った。
 

『リターナー』

殺したい相手に銃を向けておきながら、すぐに撃たず話をしている間に反撃にあって逃げられる、ってことを敵も味方もやっている。子分とか、警備員とかの脇役は躊躇せずに片っ端に殺して回るくせにだ。その辺りの詰めがおもっきし甘いのでこの映画は認められません。ちゃんと、チャンスのある時に殺していたらこんなストーリィにならないんだからさ。観るべきは唯一、ラストに出現する“擬態宇宙船”だけですね。こおゆうのを考えるのが好きな人が作った映画ってことであろう。
 

『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』

ショーン・ペン演じる愚鈍で空気が読めず人づきあいが不得手な男の精神が壊れていくさまは上手。見もの。こーゆー氣違いと関わることになった周囲の人が不幸だね。
 

『リディック』

「ヘロデ王の逸話」「昼と夜で温度差が1000度ある惑星」「魂と肉体の動きにタイムラグがあるので急いで動こうとすると軌跡が残る男」を使ってお話を作りました、みたいな三題噺みたいなストーリィだ(笑)。これ、別に『ピッチブラック』の続編にすることないのにね。「何でも確率計算をする婆あ」のラストの一言も下らなくて素敵(笑)。途中こむづかしくて理解がついていかなくっても、派手な部分だけでいーので楽しいねつって観る映画だったよ。
 

『リトル・ダンサー』

イギリスの小学生の男の子がバレエに目覚めてダンサーを目指す、ってゆうお話です。小ギャグがちりばめられているのだけど、それはさほど面白くない。フツー。心優しい人ってのは『十五才 学校IV』に出てくる、放浪先で出わう人々ではなく、この主人公を取り巻いてくれる大人たち(炭坑スト決行中でお金がないのにバレエスクールにゆくお金を捻出してあげようとしたり、ね)のことをこそ言うべきでしょう。山田太一はこれを観て勉強しましょう。
 

『リトル・チュン』

フルーツ・チャン監督の香港返還三部作の三作めです。中国語だからまぁ観れるけど、もしかしたらこの主役の子供は、全然演技がシロトかもしれない…と思いつつも、いつもながらの細かいエピソードが面白くて最後まで楽しめますね。「そう終わらせるとは思わなかった」ラストに到るまで、香港(てーかフルーツ・チャン)映画を満喫できる映画だったのだった。
 

『リトル・ニッキー』

バカ映画です。ブルドッグは喋るし、地獄から人間界に来ている主人公は死んでも地獄に帰るだけだってんで何度も何度も死ぬし、悪魔たちの好きな音楽はヘヴィメタで天使たちの好きな音楽はマンボだし、おもろいとこ満載です。ただ、まぁ、こうゆうのにありがちなのだけど、アメリカの風俗や流行を全部は知らなくって観るので、解らないギャグもやはり満載なのだろうと思われるよ。笑う意気込みで行けば充分に笑えることでしょう。
 

『リプリー』

『太陽がいっぱい』のリメイク…だそうですが、こっちの方が原作に忠実なのだそうです。主人公が嘘をついたり人の名を騙ったりする理由がなかなか明かされないので「なにしとるねん、こいつ!」って思うのだけど、まぁあとの方では「そんな奴かな」って感じになってくるのだ。どんな奴かっていうと“虚栄心の高いホモ”ですね(笑)。でも、こうゆう「性格に根ざした行動の結果袋小路に入ってゆく」ってのこそ、真の“不幸”と言えるねえって思いますね。嘘がなかなかぎりぎりのとこをかすめていくので、スリリングな映画だったのだった。
 

『リプレイスメント』

正規の選手がストライキに入ってしまったので、いろんな能力を持った寄せ集めでチームを作ってアメフトをする、っていうありがちな映画です(笑)。人を集めて、キャラを立てて、欠点を露呈させて、結束を固めて、長所を引き出して、逆境にめげずに勝つ…ためには2時間かかるわなあ!とゆうのがよく判るよ。きちんと作り上げてあるので観てて面白いです。でも、ありがちなので、2回観るものでもない。
 

『リベラ・メ』

放火魔と、消防士の闘いを描いた韓国映画です。ドラマティックにしようとしたのだろう、放火魔には少年時代に虐待を受けたトラウマがあるし、消防士はいちいち大仰だし(笑)。もっとなんつーか、徹底的にアクションパニック映画然として作った方が楽しめたのではと思うのであった。
 

『リベリオン』

こーゆー、“未来世界を舞台に、その社会ならではのルールに基づいて暮らしていて、でもストーリィ展開はとってもベイシック(はぁと)”って映画は流行りなのか、いや、実際に面白いんだから悦ばしいですけどね(にこにこ)ってゆうか(流行りって、これと『マイノリティ・リポート』だけだけどもさ)。目新しい新鮮な設定を面白がってついていくうちに、とても受け入れやすいテーマが問題として勃発して来てそれに対処する物語に発展してくってパタンです。どう観せればショッキングで、どこを問題にすれば共感を得られるかってバランスを絶妙に問われようヂャンルなのでした。→【C2】
 

『リムジン ドライブ』

オールニューヨークロケで撮られた邦画です。カレシに会いに渡米してきたガングロのコギャルが、リムジンタクシィのドライヴァである黒人の家に転がり込んでくる。その後も知り合うニューヨーク在住の日本人男性がろくでもない奴ばっかりで、いろいろ騒動を起こす…みたいな話です。日本にいたら腹立たしいだけだろう、小生意気なガングロコギャルが、英語がカタコトのまま、しかし臆せずにニューヨークで渡り合っているのを見ると、可愛いですね。オープニングテーマとエンドテーマもかっちょいいよ。
 

『略奪者』

盗んだ金を積んで砂漠を爆走する、とゆうだけの映画。警察に追われ、仲たがいをし、いろんな障害が出てくるけどどんどん走ってゆくぞー、とゆー解り易いコンセプトの物語です。細かいこと言わないでクライムムーヴィの爆走シーンだけを観たい!って人のためにご用意しました♪ってことですね。
 

『理由』

読みにくいと言われる原作を映画化して、よくぞここまで解りやすく作ったものだと感心します。もう冒頭から、キャストの役名なんてひとつも覚えずに、ただ出てくるキャラクタを俳優の顔で覚えてストーリィを追ってゆくとゆう見方が出来たのがよかったのぢゃ。巧い手法を考えたものだ。それにしてもなんか、この話にはラストに明かされたのとは別の真相があると思うんだけどにゃー。
 

『流星』

捨て子を拾って養子にして、バイト生活をしながら育てる…ってゆう香港映画です。監督がチャップリンの『キッド』が好きで、真似て作ったもの。ストーリィのおおまかな流れは『キッド』のとおりです。子供が可愛く動いて、よかったね>作った人>まぁ、その手の映画って結局そこに帰着するで脳。
 

『猟奇的な彼女』

主人公の男が、村生ミオの漫画に出てくるような、優柔不断でヒロインに頭が上がらない、ってキャラクタで、気持ち悪くてなりません(笑)。ヒロインは「こんな女、殴られて酷い目に遭えばよいのに!」と思えるような言動を続けるし。などと思って観ていても、“別れの準備を始めた”云々って展開になった辺りではすごく切なく、いい感じだった。のにもかかわらず、「原作は別れたっきりだったから、再会してうまくいくシーンをつけ加えた」なぁんてことをやっちゃってるんだなぁ、この映画! あのまま別れてお終いにしておいた方が、どれだけ後味がよかったことか!と思います。あと、2年ぶりに掘り出したタイムカプセルの中に蛙が入っていた、とゆうギャグのシーンに至っては、最低ですね。そんな、「直前に誰かがいっぺん掘り出した」以外の解釈が出来ないような(しかしそんなことはない訳だから)、矛盾するシーンを“観客を笑わせるため”だけに挿入しちゃうなんて、レヴェル低過ぎ。何も考えずに脊髄反射で笑うガキのための映画ってことか。
 

『竜馬の妻とその夫と愛人』

木梨憲武を観るための映画。中井貴一も江口洋介も、結局「演じている」ように見えてしまう三谷幸喜の脚本をここまで活かせる役者を起用できた、その点に於いてこの映画は成功していると言えよう。だから、木梨がいないシーンが見劣りしちゃうってーのは仕方ないことなのかな。
 

『リリイ・シュシュのすべて』

陰惨ないぢめや強姦や売春がはびこり、救いがなく逃げ場もない中学時代を過ごす子供らを描いた映画です。それを映画として見せるために、カリスマ的人気を誇る歌手、リリイ・シュシュを組み込み、リリイのファンが開いているウェブサイトの掲示板でだけはこの不良どもが「救いを求めている」ことが判る…とゆう仕掛けになっている。見せ方は、だから巧いね。ただここまで悪意のある連中を見せられるってのは気分が悪くもあったけど。え?中学生?みたいな歳の行ったキャストを遣っているのは、まぁごわいきょうだ(にこ)。
 

『リロ&スティッチ』

ハワイのカウアイ島に凶暴な宇宙生物が降ってきた、とゆう設定がちゃんと活きた話になってんぢゃん。どーせ他愛無い話にしかならないんだから、これくないのデフォルメを宇宙人の造型、行為、動きなんかに施してくれた方が楽しめる訳だ。多少甘い箇所もあるけど、まぁ、許容範囲(にっこり)。
 

『隣人13号』

少年期のいぢめがとてつもなく気分が悪い。ので、長じて中村獅堂が形成されて、仕返しをはぢめるととても気味がいいです(にこにこにたりにたり)。別人格を立てることでおもっきし出来る、とゆう設定は上手ね。本当に汚らしく、おもっきしやってくれてますし。好ましいスタンスの映画でした。観た者を不快にするとゆう目的が正しく達成されていると思います(にこにこ)。→【きねま猫】

『リンダ リンダ リンダ』

これが女子高校生を撮ったリワリズムだ! 『スウィングガールズ』がいかにエンタテインメントに忠実な作り物であるかが知れよう<それをさほど貶す氣はないけどさ。家庭での様子がとてつもなく最高に秀逸。そうそうそうそう、女の子って、ガッコではコンタクトをしていても家では油断して眼鏡なんだよねッ!とか。やたら兄弟が多い家でベースの練習をしている、とか。素敵。こいつらがスティヂに立つ前に、冷え切った客席をあっためておくとゆー演出も優れています。05年のベストの音楽映画です。
 

『輪廻』

クライマックスの3元構造は凄い。違う3つの、同じ場所で同じことが起こる、それをモンターヂュで見せるのだ。なんてレヴェルの高い! そしてホラーの肝である「登場人物の誰が最も怖がるか」の仕組みも凄い。だいたいキャスティングで見当のつく、その“観客の代弁者”が、しかし恐怖を感じる位置がずらしてあるのだ。さらにはラストの表情までもが必見。
 

『ルーヴルの怪人』

C級悪霊映画。笑って欲しかったのかもしれない。くすりとは、できたかな。
 

『ルーニー・テューンズ バック・イン・アクション』

ブレイダン・フレイザーが日本語を喋る違和感より、すべてのアニメキャラがカートゥーン・ネットワークでお馴染みのあの声で喋ってくれる「普通さ」の方が勝って、とても見やすく楽しめました(にこにこ)。これは子供向けではなく、大人の、おたくのための映画だ。いろんな情報を知っていれば知っているほど面白いでしょう。
 

『ルール』

急に現れたり、音を出したりして驚かすホラー映画です。ホラー映画なんてこんなもんでしょう?と思いながら観ましょう。「主人公を怯えさせるため」以外に理由のない数々の殺人、犯人が理屈を長々と述べるお蔭で殺されずに生き残る主人公、やたら殴られ強い丈夫い犯人…ああ、ホラー映画のすべてを押さた上で、新しくも珍しくも面白くもなく仕上げましたよ、って作品。
 

『ルールズ・オブ・アトラクション』

「時間が巻き戻る」とか「エンドロールが逆に出る」とかの辺りの見せ方は、残念なことにもう既に他の映画(『アレックス』とか『木更津キャッツアイ』とか)で上質なのを観ちゃってて、新鮮ではありませんでした。3人の大学生の男女の恋愛譚が語られる、フツーに面白く切ない話になってます。見せ方のテクニックを単にテクニックとしてだけ使っていれば、これ見よがしに変わった撮り方をしているでしょう然と見せつけてこなければ、もっと普遍的に訴えかけることのある青春映画になっていた、かも。とゆー珍しい例と言えそう。
 

『ル・ディヴォース』

アメリカの女の子がフランスで“文化の違い”から嫌な目に遭うコメディですが、胸くそ悪いです。「旦那が不倫をしても奥さんは泣き寝入り」だの「早く離婚に同意して自分も新しいパートナを探せ」だの、そんな理不尽な、ねえ。ラストを待たずして腹を立てていたよ。
 

『ルパン』

期待したほどもルパンが華麗でもない。フツーの人だ。『ルパン3世』の見過ぎですね(笑)。仕方ない。あと、この映画が原作に忠実だとしたら、おう、なるほど、ここで{クラリス}とか{カリオストロ伯爵}とか出てくるのか、と知れた。その程度の価値でした。
 

『ルビー&カンタン』

ぼけ役のカンタンが、結果悲しい目に遭う展開にはならなかったので、これはよいコメディ映画ですね。にこにこ。しかしジャン・レノは、本当にコメディ映画俳優だなあと思います。強面で、アクションが出来て、でも出る映画はどれもすべてコメディだ。フランスの悪役商会か。
 

『ル・ブレ』

面白いところは爆発的に面白い。観覧車のシーンとか、エレヴェータで次々と登場人物が参入してくる対決シーンとか、ラストに現れる黒装束の一群のシーンとか。ただ、そこまで持ってゆく展開はねー。面白く観せようとはしているのだろうけど、つないでいるだけ、って感じちゃうのであった。
 

『レイクサイド マーダーケース』

お受験というシステムに疑問を投げかける人間こそがマトモだ、なぁんてゆうステレヨタイプ的な考えに基づいた創作なのだろう、その通りの言動をする男が主人公だ。だったらお受験の合宿にそもそも来るなよ、ばかぢゃねえのかとまず思う。つーことで導入部から受け入れられませんでした。初っ端から主人公の考えや行動にシンクロできないので、その後何が起こってもすべて主人公の頭が悪いから、要領が悪いから、順応性がないから、って捉えてしまう。いいぢゃん、そんな謎解かなくても、もっと周囲と迎合していけよとしか思えない。つまりせっかくのミステリィなのに解く側を信頼できないのだ。もう駄目駄目な映画であった。
 

『冷静と情熱のあいだ』

日本とイタリヤを股にかけた、10年越しの恋物語です。“これだけ、過去に起こったことが伏線になって10年後に関係してくればそりゃあ感動するわな”と思わぬでもないほどに、恋愛を成就させるためのいろんなことが都合よく降り掛かってくるものです。まぁ、楽しく観られるように作ってあって面白かったよ。ラヴストーリィでこれなら、充分であろ!
 

『レイン』

タイ映画のくせに日本に入ってきた、とゆうだけのレヴェルであると言っていいでしょう、つんぼでおしの殺し屋の話。主人公が喋れない設定なので、つまり“映像と音楽”を主体に楽しめるような構成がしてあるという訳だ。そのノリで観るのが正しいと思われる。
 

『レインディア・ゲーム』

獄死した刑務所仲間になりすまして、その文通相手の女の子に会ったら、そのままカジノ強盗の片棒を担がされる羽目に陥りました、っていうサスペンス。「設定がクリスマスなので強盗もサンタの恰好をしている」って処で判る程度に、けっこう小気味よく楽しくどきどきできるように、作られている映画です。
 

『レーシング・ストライプス』

可愛いねえ。縞馬に乗りたくなります。
 

『レオポルド・ブルームへの手紙』

『ユリシーズ』のキャラクタの名前と登場人物の名前がシンクロしているとゆーので事前にプレス資料で『ユリシーズ』の設定を読んで臨んだら、ぎゃあ。まんまとトリックにひっかかったよ(笑)。知らずに観ていればもっと早く氣づいていたかもしれぬ。にしてもこのトリックはちょっと判りづらくてフェヤぢゃないと思ったけどなあ(笑)。綺麗に筋は通っております、いい話でしたが。
 

『レクイエム・フォー・ドリーム』

そんな話になってゆくとはまったく思わぬまま、実は「主要人物が全員ヤク中になってゆく」映画です。ヘロインを打つシーンとかが、凝った観せ方をしていて、映画としてかっちょいい!>ヘロインがかっちょよく描かれている訳ではない>その証拠に映画のラストは主要人物たちが全員麻薬から抜け出せなくなって酷い状態になって終わる、のだ。ああ、だからと言って、逆に「麻薬撲滅映画」然としている、そっちのスタンスで徹底している、って訳でもないんだよな〜。『夢への鎮魂歌』を描く際に、モチーフがドラッグだった、ってことなのだろう。映画としてのエンタテインメント性は高く、面白く観せてくれるよ♪
 

『レザレクション』

聖書に則って殺人を犯していく犯人を追い詰める話。まず聖書に興味のない民族には面白くもなんともない。そして、この犯人は警察よりも先回りをして“午前0時前後に男の子を出産するマリアという名前の女性”がいる産院を見つけてその産んだ子をさらうことが出来るというのに、どうしてのこのこと自分が犯人ですよと言わんばかりに警察近辺に出没するのかなぁ。何がしたいのだ? 捕まりたいのか? ゆる過ぎ。
 

『レジェンド・オブ・ゾロ』

すべてがご都合主義。殺せる時に殺さない悪者、ってのは毎回言うけどサイテーだよね。あと、子供が活躍するってのにも辟易しました。観客を舐めてるのね。
 

『レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード』

メキシコが舞台の『キル・ビル』だと思ったんですが(笑)。こいなけ好き勝手なルールと展開を構築してバトルもの映画を作ったら、それは楽しいってば(はぁと)。破天荒とはこのことを言うのだ。
 

『レジェンド 〜三蔵法師の秘宝〜』

うっわ、安いなあ! シナリヨが安い。東洋的な神秘っぽさを醸し出せば西洋の観客は満足するだろうとゆう低い低い志で作られております。「秘宝を手に入れたら何が起こるか」なんてのも当然、最後まで語られないし<“当然”なんだ!(笑)<ほら、『クリムゾン・リバー2』の東洋版ってことで。
 

『レジョネア 戦場の狼たち』

フランスの外人部隊に入って砂漠へ戦いにゆくお話です。砦を目指して、砂漠の中を何日も何日も行軍してゆく。疲れがピークに達しんとする時、水を見つける。列を乱して我先に水に群がる兵士たち。砂漠の中の水源なので泥水です。乾きを癒そうとむさぼるように飲む、演技をしているぞ>兵士。いかんやん! 安っ! そりゃー泥水なんて、役者さんは飲みたくなかろう。でもああまで露骨に“飲むふり”が丸見えってゆーのは、どうよ。もっと役者に金を払いましょう。そう思って観ると、砂漠の中の砦もそこでの戦闘もすべてがチープだ。オチまでもが安っぽい。脚本家にも、ちゃんとギャラ払ってる? 金を遣わないで映画を撮ると何が起こるか、よおく解った。
 

『レスリー・ニールセンの2001年宇宙への旅』

パロディ映画には、作った国の文化や風俗や有名人やその評価、スラングなどなど、知らないと楽しめないことがうんとこさ入っているね。…そしてそれらを全部知ったところで、例えば「どんなに意味が判ってもネプチューンは何一つ面白いと思えない」なんてことがあり得る訳だから、この映画を笑うには高い高いハードルがあるといえるのです…。ちなみに、全部が理解できていないまま評価を下すとすると、「ちょっとギャグが幼稚過ぎやしないか?」と思えたのだった。まぁ、この人のいつものことなのだけどさ。
 

『列車に乗った男』

パトリス・ルコントのいつもの映画の如く、小ネタが面白いです。「一日に一回、午前10時に一言だけしか喋らない男」って何だよ(笑)。ラストは解り難い。観終わってから「これは、老教師と銀行強盗が、お互いの人生を羨ましがる話だ」と分析すれば、確かにエンディングで表現したかったろうことは理解できなくもないけどね。観ているその流れで、その考えにはすぐには行きませんよねえ。
 

『レッド・サイレン』

殺人の現場を撮ったDVDを売って儲けているお母ちゃんの元を逃げ出した少女を、離婚した父親の所へ連れていってあげる、とゆー映画。悪いことをしているお母ちゃんは、それでも娘が自分になつくと信じているのだなあ。ふーん。出鱈目な量の火薬が使われていると思しきホテルでの銃撃戦シーンは、さすがに見ものでした。
 

『レッド・ドラゴン』

『レッド・ドラゴン』の意味は、欧米人にはオリエンタルにエキゾチックで魅力的かもしれませんが、我々にとっては単に一翻役の牌に過ぎませんね、あれは(笑)。そのくせ羽織っている着物は左前だしね(笑)。とゆー以外には、ブレィキもかからず楽しめました。プロファイリングは、創作では巧く行くに決まっている訳だから、どこまで装飾を施すかって点で出来が決まってくるのだけど、なるほど、すべてを見通せる天才的な探偵が推理した真相を一筋縄では明かさない理由ってのがこの点にあるという設定は活かされていて、いい感じにどきどきさせてくれました。ハンニバル・レクターのシリーズでこれをやったって、甲斐はあったのではないかしら。
 

『レッド・バイオリン』

こうゆうオムニバスみたいな編年体みたいな映画、大好きです。子供が物凄いスピードでヴァイヨリンが上達していくシーンが好きですね。あと現代のシーンも、ミステリィっぽくてかっちょよくって。“色が赤い秘密”にはそんなにショックは受けませんでしたけどもさ。…これはキリスト教国の人にはショッキングな、謎なのかしらね。
 

『レッド プラネット』

痛快な火星探索SFです。今年観たどの宇宙ものより、魅せる出来になっています。降り掛かる困難やその対処法がそれぞれ目新しい訳ではないけれども、それを映像にした時の観せ方(デザインだのアングルだのカット割りだの)が素敵なのだった〜。
 

『レディ・キラーズ』

コーエン兄弟が目指しているのは古臭い、ビミョーな笑いですね。とても低刺激で、予定調和なのだ。面白がってそーゆーのを撮っているのだろうけど、はっきりと、退屈です。例えて言えば、ダウンタウンや笑い飯まで達している我々が、てんぷくトリオの当時のコントを、アレンヂを変えずに再演されているのを観せられるよーなもんだ、きっと。そーゆーの、好きな人はいいかもしんないけど、をかべは嫌いです。
 

『レディ・ジョーカー』

とても華のない映画でした。登場人物は男ばっかし、画面上の動きは地味で、展開そのものも静的だった。これを映画化したのはきっと間違っているのだ。字で読みゃいいぢゃん。
 

『レプリカント』

「ほら、こいつは病院で追い込まれるとへっきで車椅子のぢいちゃんとか点滴中のばあちゃんとかを盾にして警察と闘うような悪い奴なんだから、ラストでやっつけられると気味がいいでしょう?」という大義名分があろうので、もう、病院でやり放題のシーンを見せてくれる(笑)。面白ければ救急車で車椅子を轢いてもオッケィ、ってのをやっちゃう映画だ。ってことで、クローン人間を利用して犯人に到る、そのレプリカントには本体の記憶が残っている、さらにはテレパシィで相手の居場所まで解る、なんてシナリヨの甘い点は大目に見ちゃおう(笑)。娯楽としてはこれは充分の映画と言えようよ。
 

『レボリューション6』

13年前にアナーキストが仕掛けた時限爆弾が爆発した。当時の仲間の多くは、現在ではまっとうな生活をしている。どーにか、警察署に保管されている証拠品を強奪しなければならない!とゆー展開をするお話。ドイツ映画なのにI(ハート)ビルゲイツってゆーTシャツを着ていたり、お寿司を食べてたり、細かい部分ではとてもミドコロのある映画なのだけど、いかんせん肝心のメインのミッションが、容易く展開し過ぎ。ナチス時代に建てられた警察署にはするする簡単に何人も忍び込むし。いわくありげそうだった一人の女性メンバは、なんのことはない、単にふんぎりがなかなかつかないキャラクタに過ぎなかったし。細部が巧くて大きなところは穴だらけ、とゆー珍しいレヴェルでした。
 

『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』

「がらくたからどんなものでも発明するお姉ちゃん」「あらゆる本を読んでいるお兄ちゃん」「4本しかない歯で何にでも噛みつく赤ちゃん」の3人姉兄弟が不幸に見舞われるとゆうお話。その不幸の元凶がジム・キャリー。と設定だけ聞くとものつごい面白そうだ。しかし、その不幸が緩く甘い。ちっとも越えるのが困難なハードル然としてない。ちぇー。ちなみにお姉ちゃんはソニンみたいなルックスだったよ。
 

『恋愛冩眞』

すべてのシーンに落ちをつけたいらしい。あらゆるカットを絵になる構図で撮りたいってのも加わって、とても情報量が多く、観ていて疲れます。長い映画にこの手法は向いていないのだろう。テレヴィとか、短編映画だったら、ありかもしれませんが。
 

『恋愛適齢期』

老年期の、セックスを伴う恋愛譚です。フツーの恋愛ものの主人公が老年期の二人だったら、ってゆーアイデワで作った話なので、ともかく二人ともまずは恋愛方面に向いてないとならない。ので、じーちゃんの方は「若い女の子をとっかえひっかえ」だし、ばーちゃんの方は「三十代の医師に言い寄られている」という設定にしてあるよ。なんでこの人を選ぶねん!ってのが理不尽であるのはフツーの恋愛ものと一緒(笑)。「ならでは」ってものはないけど、よく考えて作ってはあります。
 

『恋戦。OKINAWA Rendez-vous』

オール沖縄ロケで撮られた香港映画です。ポスタがとても可愛らしかったので期待して行ったのだが、単によくありがちな“おふざけクライムラヴコメディ”に過ぎませんでした。映像的にもチープ。
 

『連弾』

竹中直人監督作品です。登場人物すべてと小物すべてに竹中テイストを施してあって、しつこい。あと、やたらと登場人物が鼻歌を歌うのだが、すべてが竹中直人作詞作曲なのだ。キャラの性格にかかわらず、“竹中直人が作詞作曲した歌を口ずさむ人物”ばっかりになってしまっている訳ですね。それはそれは、センス的にかっちょ悪いのであったよ<歌のかっちょ悪さ以上にね。
 

『ロイヤル・セブンティーン』

敵役が徹底的に嫌なキャラクタとして描かれています。どこにも愛すべき点はないから、安心して主人公に肩入れできる“実はお前のお父さんは貴族だったんだよ”映画です。→【C2】
 

『老親』

こんなタイトルで、内容は“老人介護がテーマ”で、チラシもつまらないデザインで、いかにも暗い重い邦画でござい!ってによいがぷんぷんします。が、観てみると楽しく観れましたね。物語の最初こそ、腹立たしい問題や障害が提示されるのですが、それを元気にクリヤしてゆくので重苦しくなることはないのだった。もっとさぁ、みんなが観に来たくなるタイトルとかさぁ、チラシを作ればいいのにね。
 

『ロード・オブ・ウォー』

幾人かの武器商人をモデルに主人公を設定したっつーことでなのか、エピソードがちょっとふんだんに過ぎる感じ。でも、さすがにエッセンスを抽出しているだけのことがあって、とても聡明なキャラクタに設定されていて楽しい♪ 「頭のいい武器商人が論じる武器を売るポリシィ」なんて、自分では考えようと思いもしないから、捏ねられる理屈がつんげぇ面白いです(にこにこ)。
 

『ロード・オブ・ザ・リング』

“殺しあいをする『ハリポタ』”ですね。長くて、解りづらいとこも多々。映像は頑張ってるね、とは思うけれども。欧米人にはなじみがあるのだろうかもしれないけど、RPGをやっていたから判りはしたけれども、もしいきなしドワーフだのホビットだのオークだのエルフだのトロールだのが出てきても、ついてゆけないのが普通なのでは、と思えてなりませぬ。『ダンジョン&ドラゴン』は解り易くてよかったなあ(笑)なんて感じさせてはいけないのでは? 新しいな、と思ったのは、「“姿が消える指環”をはめた者の側から見た世界」を映像化したところ。
 

『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』

第一作や第二作より、この完結編はすごく観易かった。お話がどこを切り取ってもその場で考えたにちまいないいきあたりばったりさで、だからこそどれだけ寝ていようとついていけるし、前をどんなに忘れてても関係ないからだ。なんだよ、あのいきなり出て来た剣って(苦笑)。伏線ってなにか、知ってますか?(笑) そして、主人公だとばっかり思っていたフロドは、実は単なる鬱病患者でしかなかったことも判明した。冒険の真の主人公はサムだ。うひー。
 

『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』

映画だけ観て判る映画を作りましょう。ってことで、原作を読んでいない日本人の人がこれを観る意味も価値もない。「言ってないことは周知のこと」だなんて扱われてもなあ!
 

『ロード・オブ・ドッグタウン』

70年代に、サーファの若者たちがスケボーをはぢめて世界チャンピョンになるまでを描いた、実話に基づいた映画でした。けっ、と思っていたら、とんでもにゃい! スケボーの人たちがどーしてあんなバンクで滑ろうと思ったのか、発明されたのかって顛末までもが!セキララに! そもそも渇水時に水が張ってないプールがあるお宅へ、留守中に忍び込んでがんがん滑っていたのだって。ほう!ほう!ほう! ラストでは、そもそもサーフィン仲間だった4人組が方向性を違えてばらんばらんに歩んでゆくまで描かれてて、なるほど。映画化する価値のあるドラマティックな現実だったと知れたよ。
 

『ロード・キラー』

長距離を車で帰省する途中、CB無線でトラック運転手をからかったらのちのちまでつきまとわれ恐い目に遭わされる、ってゆう映画。いたずらをしたら途中でびびったりしないで、最後までバックれなきゃ駄目ねってゆう教訓かな(笑)。この主人公たちは自ら恐い方へ恐い方へゆくからなあ。もっと上手に立ち回っているのに恐い、ってのだったらもっとよかっただろうね。
 

『ロード・トゥ・パーディション』

1930年代のギャングたちの軋轢を描いた映画。凝った演出がそれと判る程度に施されているのだけど、黒づくめの男たちがうぢゃうぢゃ出てくる絵づらが地味。ジュード・ロウが登場する映画の半ばまで達すればもうあとは大丈夫だけど、そこに到るまでに出てくる人物の同定は困難でした(笑)。1930年代のアメリカの風俗とか、ギャングものとか、父子ものが好きな人なら楽しめるのだろうと想像できます。
 

ロード・トゥ・メンフィス』

こっちは、現役でミシシッピで活動しているブルースミューヂシャン、ブルースの大御所、そして忘れられたブルースミューヂシャンの3名をクローズワップする映画でした。黒人史的なものには別に、そんなに惹かれないけど、ただブルースが本当に好きでやってきた3人の話を聞いたり演奏しているさまを観たりするのは楽しいね。ブルースが何であるのかってのはちーとも解らないけどもね(笑)。→【C2】
 

ロード88』

「白血病の化学療法の副作用で髪が抜けた頭」は、いっそ坊主に剃るよりもまばらに髪が残っている方がインパクトが強いよね。行く先々で都合よく出わう人々に生きるパワーを与える白血病の女の子が主人公。こいつがお遍路さんとなって四国を廻るのだ、つまり『四国の片隅で、愛をさけぶ』だ、これ。なるほどね、ロードムーヴィって、とってつけたみたいな「旅」が不自然だから嫌いだったんだけど、お遍路さんって設定にすればありなのか、と知ったよ。あと、「テレヴィで観るヴァラエティ」を、テレヴィで観る角度から描いているね(苦笑)。こんなことはあり得ません。テレヴィの演出に、映画が乗っかってどおする。甘いなあ。
 

『蝋人形の館』

痛いことオンパレィド♪ 異形も出てくるし、堂々たるホラー映画だ。と、そこまでだったら「出来のいいホラー」止まりであったところが、ラスト15分がものつごい! パニック映画にスライドさせてしまってるのだ(うはうは♪)。よくこんな巧いことを思いついたものだ(にこにこ)。素敵!
 

ローラーボール』

せっかく設定した架空のスポーツも、しかし細かいルールなんて伝え切れないと解っているのであろう、なんだか興奮した騒がしい様子をかもし出すためのツールとして使われているだけですね。そのスポーツで高視聴率を取り、儲けようと企むプロデューサがヂャン・レノなのだけど、ヂャン・レノの演技に文句はない。いい役をやっている。しかし、視聴率のために順繰りに選手を負傷させるとゆうアクシデントを演出する…なぁんてその場しのぎの行き当たりばったりをするよーなばかなプロデューサは、いまい(笑)。ちょっと設定が甘すぎるぞ。そして、そんな架空のスポーツシーン(こここそがメインのくせにね)よりも、よっぽど映画の導入部で行われる「市街地の車道でやる寝転んだままのスケボーのレース」の方がスリリングで面白かった、ってのはちょっとあかんのでは?(笑)
 

『ローレライ』

ローレライ・システムはつごい! 映画ならではのアイデワだ。潜水艦映画の歴史に遺る大発明であろう。話には無理があるけどね(笑)。あと、フヂテレヴィでのちに放映することを考えているのだろう、ものすんげぇワップを多用した映像になっております。映画用ちゃうやん。なあ。→【きねま猫】
 

『六月の蛇』

助平とヴァイオレンス、なんだけど、塚本晋也お得意のアングラっぽい風味を全開にしているので、こんなテーマに則った展開をする物語にもかかわらずピンク映画にならずに済んでいます。
 

『路地へ 中上健次の残したフィルム』

自分の生まれた被差別部落が開発で消えてゆくとゆーので中上健次がフィルムに残しました。それをもとに、今現在のその“路地”を訪れる映像をまぢえて再構成したもの。64分の映画の中で、最初っから20分ほどが延々「車で松坂から新宮へ向かう道」を映しているだけ、だったりして並みの映画ではないさまを見せつけてくれますね。説明もほとんどないまま映画が進むので、映される映像の持つ意味を先にすべて知ってから観ないと何もならないのだった。
 

『ロスト・イン・トランスレーション』

監督が、日本の何を採りわげると面白いって思ったか、その視点を知るのがとても楽しいです。どーせ登場人物たちは、日本に短期滞在しているだけだってんで、表層的にしか接しない訳で、その際に、何と遭遇すると心がどー振れるか、ってゆーことを表現している映画なのだから脳。→【きねま猫】
 

『ロスト・イン・ラ・マンチャ』

そもそも『ドン・キホーテを殺した男』とゆう映画の、メイキングとしてこの映像は撮られていた。しかし、いろんなアクシデントが山積し、ついにその映画の製作は断念されてしまった。ので、急遽それを記録してきたものは、世にも珍しい「映画製作が頓挫するまで」を描いたドキュメンタリィになったのであった! 実際に起こった顛末はとてつもなく興味深いけど、このよーに映画の形になると、やっぱき最終的には映画製作が巧くいき、結果「こんなアクシデントもありましたが」みたいなスパイスとして挿入するつもりで収めていたつもりだったのだろう(少なくとも当初は)、それぞれの不慮の出来事に対する切り口とか深さとかが、もともとこーゆー顛末になるのだと判って撮っていない分、甘く鈍い感じがします。しょうがねえけど脳(笑)。しかしこーゆーメイキングで断片だけを観ると、つくづく本編が面白そうにみえるものなんだよなあと思うよ。
 

『ロスト・ソウルズ』

キリスト教の敵対者としての悪魔が、ひとりの男の体を乗っ取って“世界を破滅させる”のを阻止しようと、ウィノナ・ライダーが頑張ります。どー頑張るかというと、最終的に結局その男に「悪魔に体を乗っ取られる前に死」ぬように説得する、だった。それだけでは、男に死を選ばせたりする説得力に欠けると、いくらなんでも思ったのだろう、「死んだ両親は、実は悪魔教の連中に殺されたのだった」とゆうことが終わりがけで判明するようになっている。…それにしてもだなー。体を悪魔に乗っ取られるとどんな悪いことが起きるのか、全然見えません。さらには、本当に乗っ取られるのかどうかも、結局判らない(本当に男は死ぬからね)し、…死に損だったらどーすんの? 死ね死ねって額に拳銃向けるキリスト教徒らの方が、狂信的で恐いぞ。まぁ、非キリスト教を悪として描けば支持されるだろーしサベツだって突き上げられることもない、と思っているのだろう。若しくは全く逆に、キリスト教の馬鹿馬鹿しさを揶揄しているのかもね。
 

『ロッカーズ』

漫画を映画にしているよーなもんで、ずーとノリのよいギャグでストーリィが展開していく。これだけ情報量が多ければギャグの羅列も一人前の映画たり得るのだ。そー思わせといて、クライマックスの「5分で4曲」のライヴシーンは大涙もの! 音楽はいいよね、一体になって感動できて(笑)。いや、本当に、かっちょういい♪
 

『ロック・スター』

ロックおたくの青年が、大好きなロックバンドのコピィをやっていて才能を認められ、脱退するヴォーカリストの代わりに起用される!とゆうお話です。とにかくヴォーカリストになってから起こる諸問題を描くのがメインであるために、それ以前の状況下では家族を含め誰もロックに傾倒するのを邪魔しないのだ。なんて、おたくにとって理想的な環境なのだろう(笑)。オチはいかにもだけど、まぁ、楽しんで観ればよい映画といえよう。
 

『ロック、ストック&トゥ−・スモーキング・バレルズ』

3人組の若いお兄ちゃんが巧く立ち回って、結果オーライでお金をまんまとせしめるっていう小気味よい映画。問題は、外人さんって顔が似ているから(爆笑)ふた組出てくる3人組が、まさかふた組いるとは、途中まで気付かなかったのが大敗因です(ダメぢゃん!)。
 

『ロッタちゃんと赤いじてんしゃ』

前に公開になった『ロッタちゃん はじめてのおつかい』と同時に作られた映画なので『おつかい』の最後で育ってしまったロッタちゃんの続きではなく、もっかい小さい可愛いロッタちゃんの姿でお目見えです。あいも変わらず可愛い、のだが、『おつかい』で慣れてしまったことと、やっぱ面白いネタは先に公開する方に取られてるのねってのとで、前回よりはちょっとオドロキは少なくなってますが。つまり、こっちを先に観るってゆーのだったら前回同様、充分楽しめるはずなのだった。
 

『ロッタちゃん はじめてのおつかい』

5歳の、ロッタちゃんのセリフは字幕がひらがながちなのだ。日本語の表記は便利だね。主役が5歳の女の子で、1時間26分の映画の中にみっつの話が入っている…そして、季節は“クリスマスの4カ月前”“クリスマス”“復活祭”とゆうぐわいに変わるので、この5歳の子が成長するんだなー(笑)。最初の話の時の表情が、絵的にいちばん可愛い。二番目の話の時が、スキーのスラロームとか、動きがいちばん可愛い。三番目の話の時なんか、前歯が抜けているのだ、こいつ(笑)。
 

『ロバと王女』

1970年のドヌーヴの映画のデヂタルニューマスタ版です、って聞いて、えらい楽しみにしたのだけど古臭い映画だったよ(笑)。まあ、考えてみれば、そんなにもレヴェルの高い映画だったらこれまで35年間埋もれているはずがない訳かと思い知った。でもデザインとかには見るべきものがあって、国ごとに顔色が違う、とか。赤い顔の国は馬も赤い、とか。現代の最新機器をどさくさ紛れに導入する、とか。暢気に楽しんで作ってんぢゃん。
 

『ロボコン』

スポーツのしわいと違い、ロボットのコンテストでは敗者が負けになっていない! これが描かれたシーンでは感動したぞ。努力・友情・勝利を描くには、もうスポーツなんてヂャンルに頼ってはられないのだ。勝ち負けなんて野蛮なものを、よくぞ、さすが、智恵比べに着地させることで、上質な「目的」に昇華させたものだ(にこにこ)。
 

『ロボッツ』

ストーリィもキャラ設定も定番だけど細かいアイテムには見るものがありました。どーせロボットだからってことで考案された、無茶をする輸送システムは素敵。雀の動力も素敵。
 

『ロマンスX』

綺麗な女の子でも淫乱な面があるのよ、ってゆーか彼氏が肉体的に愛してくれないなんて、ってゆーか行きずりの男とアブノーマルなセックスをしたいわ、ってゆーかそーゆー視点で撮ったフランス映画。女性監督ってのがちょっと説得力があるのか?(笑) 性器とかがばんばんモロに映るので、ボカシ入りまくりですね。相性(肉体的なことでもね)が合わないパートナに無理な望みをかけるのはやめたら?としか言いようがないです。
 

『ロミオ・マスト・ダイ』

お笑いの要素を全部省いたジャッキー・チェン映画です。つまり、つまらないのですね(にっこり)。
 

『ロング・エンゲージメント』

「戦争から戻ってこないカレシの消息を調査する女の子」の物語だ。このカレシがヘタレで戦場でも腰が引けてて、片や女の子は気丈でアクティヴで、そして舞台は戦争だっつーんだったらこりゃあ紛れもなく『ハウルの動く城』ぢゃん(笑)。東西の両巨頭が時を同じくして同一のモチーフの映画を創ったっつーことだ、これを共時性と呼ばずしてなんとしょう!(笑) ジャン=ピエール・ジュネがオドレイ・トトゥを主役に据えて戦場を舞台にして撮ったのだ、もうジャン=ピエール・ジュネ色満載です。そーゆーのをとても映像的に綺麗に撮る監督さんなのだ、人体が爆発に巻き込まれたり、尻を刺したりするシーンを楽しもう(はぁと)。→【きねま猫】
 

『ロンドン・ドッグス』

暢気に楽しくギャング稼業を営んでいたら、血気盛んな若者が入ってきて問題ばっかり起こして抗争に発展してゆきえらいことになる…とゆうイギリス映画です。主要な登場人物の役名が、演じている俳優の芸名そのままになっていて、役者本人のキャラを出すような演出もなされている。ちびでぶで愚鈍なメンバの話、インポテンツに悩むメンバの話、結婚をしギャングから足を洗いたがっているボスの話、なんかがミックスされて出てきて楽しく観れますね(にこにこ)。


【あ】【い】【う】【え】【お】/【か】【き】【く】【け】【こ】/【さ】【し】【す】【せ】【そ】/【た】【ち】【つ】【て】【と】/【な行】

【は】【ひ】【ふ】【へ】【ほ】/【ま】【み】【む】【め】【も】/【や行】/【ら行】/【わ行】/【アルファベット】/【数字】
21世紀映画評入り口