その夜、美馬牛駅から五郎と純は蛍の乗る列車に乗り込んだ。しかし、勇次の姿はそこにはなかった。富良野駅に着くと、勇次が蛍を待っていた。蛍は勇次から突然明日東京へ出ることを聞かされる。列車は、16時11分の札幌行きと・・・・・・。蛍は「わかった」言って、走って五郎の車へ向かった。車には、五郎と純が出迎えた。五郎は、帰り道で蛍を十勝岳の露天風呂に3人で行こうと誘った。その夜、蛍は勇次が明日東京へ行ってしまうから露天風呂には一緒にいけないと話した。
翌日、勇次は富良野駅で蛍の姿を探していた。蛍は駅の片隅からガラス越しに勇次を見ていた。蛍は、ベンチにプレゼントを置いた。勇次は、ベンチの前にしゃがみ込み、それを手にし、蛍に宛てた一通の封筒をポケットから取り出し、ベンチの上に置き、立ち去った。蛍は、封筒を左手に握りしめ、待合室に走った。蛍は、ホームに立つ勇次に「がんばれ!」と口を動かした。勇次も「わかった!」と答えた。
勇次の乗る列車がホームに入ってきた。蛍は、駅を出て線路へ向かって走り出した。そして、駅を走り出した勇次の乗ると一緒に走った。勇次は窓を開け身を乗り出して大きく手を振った。
蛍は、勇次の手紙を封筒からとりだし、歩きながら読み始めた。
「今朝夢見たんだ。不思議な夢なんだ。君と手をつないで、えらく透明な湖の底に潜っていくんだ。そこは、滝里のダムの底らしくて、潜っていくと村が底にある。君は僕の手をどんどん引っぱって、昔空知川が流れていた淵のそのまま沈んでいる木立の所へ行く、そうするとその木の一本の幹に二つのイニシャルの彫ってあるのがみえる。HとYって、二つの文字が誰ももう知らない湖の底の、それでも立っている一本の木の幹・・・・・HとYって彫ってある。頑張ってきます。君も頑張って・・・・・。」
蛍は、家に帰ると二階に駆け上がり、ラジオのスイッチを入れ、声を出して泣いた。
純は、風呂に入っている五郎に東京の傷害事件のことを話しはじめた。五郎はどうして喧嘩したか聞いた。純は、大切なものをとられたからだと言った。五郎は、それが人にケガさせるほどお前にとって大切なものならしかたがないじゃないか・・・男は、誰だって何と言われても戦わなくてはならないときがあると言った。純は、職を三回変わったと言うと、五郎は七回変わったから気にするなと言った。純は、こっちに就職して五郎と一緒に丸太小屋をつくってはいけないかと話すが、五郎は受け入れなかった。
突然、蛍が家から飛び出してきて、純を家の中へ引っぱった。ラジオから尾崎豊の「I
love you」が流れていた。それは、れいちゃんがリクエストしたものだった。
純は、1月3日札幌れいちゃんを探しに出た。リクエストの葉書を頼りにアパートを見つけるが、アルバイトに出かけており不在だった。純は、れいちゃんのアルバイト先のファミリーレストランに向かい、再会する。二人は、あの頃話した天窓のある喫茶店へ行き、東京でぼろぼろになったことや、富良野の暖かさを話し、富良野にやってきたあのころの父親のことを考えていた。駅へ向かう途中、二人とも何もしゃべらず歩いた。純は歩きながられいちゃんの腕から伝わる体温が絶え間なく自分に注がれているのを感じていた。
それが、今年の正月の出来事だ。
五郎は、中畑とまだ飲んでおり、純が中三で風力発電をつくったことや職をまた変わったこと、蛍が旭川の竹内先生のところで見習い看護婦をやっていることを自慢げに話しており・・・中畑も困り果て、店を出て二人で雪道をふらつきながら歩き出した。
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