【ひたすら愚痴っぽい週記?(ぉ】



2007年 01月中旬


2007/01/15(Mon)


米国出張初日

日本発18:00の便。NEX 29号(東京駅発15:03)に合わせるように地元を出る。スーツケースを転がしているので早めに自宅を出たものの、早く着きすぎた…。

余裕を持った乗り継ぎだったので、東京駅でNEX乗り換えのホームにテクテク向かうと、そこには同じNEXにのる同僚が。二人して面倒くさいねぇとため息。

NEXを乗っている時間は50分強。今回の出張に関してあーだこーだ話している間に成田空港第2ビル駅到着。

成田合流の二人(一人は同じ課の人、一人は隣の部の人)を早速見つけ、JALカウンタにてチェックイン。チケットを同時に押さえていた3人はエコノミーの3人席(左側)に並び、もう一人の彼は一列前(しかしフライトアテンダントの前で足は自由)。

少し離陸に時間がかかり、滑走路に出てから3便待ちとかアナウンスがあった。程なくして離陸。最初のシートベルトランプが消えるまでの間、目の前のモニタで遊ぶ。ランプが消えると即夕飯。洋食(チキン)を食す。

そしてなんとか8時間半の長旅&禁煙状態をがんばるべく、なるべく寝ることに。映画の選択肢にブレイブストーリーがあったので、途中からだけど最後まで見る。んー…あまりおもろくない…。ロードショウ前のあの馬鹿騒ぎはなんだったんだ…。

見終えたあとは狭い、狭い、エコノミーで尾?骨が痛くなりつつも、姿勢を変えつつ寝続けることを試みる。が、やっぱり精々1時間同じ姿勢で寝るのが精一杯。つらすぎる…。

意外に8時間半はそう長く感じることはなかったのだが、3〜4時間うっつらした後、残り1時間半の時点で、朝食が。体が若干受け付けない風味。でもここで完全に抜くと時差ぼけになる可能性もあるので必死に食べる。

そしてようやく15日の現地時間9:45に着陸。しかし、入国審査の列が異様なほどに伸びており、もたつく。

入国審査のおっさん『今回は(入国は)どんな理由でどのぐらいの期間だ?』私『13日間、出張』入国審査のおっさん『出張ってどこの企業だ』私『T社に。』入国審査のおっさん『どこのT社だ』私『カリフォルニアには2社しかない、Fremontだyp』(わざわざ聞くなぼけぇ)入国審査のおっさん『ふーん』私(興味ないなら聞くなよ…)

てな感じで入国審査を終え、預けた荷物を受け取って行く先のメンバーに予約してもらったLIMOに乗る。本当にリムジンだし( ̄△ ̄;) 同乗する4人が向かい合って座る。脇にはテレビとワイングラス( ̄△ ̄;) フリーウェイ走っててもじろじろ見られてるし(笑)そして12:00ごろ目的地着。じゃー仕事は午後からでランチ行こうか…食ったばっかりだって…時間的には朝食と昼食の時間ぐらいは開いているんだけど…。駐在員4名+3ヶ月滞在出張者1名+出張者4名で日本食レストラン。自分の腹減り具合に合わせて頼むも、ビーフカレーのビーフがでかいよ、でかすぎるよ。

13:30からスタート。そこから4時間近く英語で説明しっぱなし。途中中断されて質問の嵐。一緒に行った面子にしか答えられない質問は、ヲレに日本語で回答して私が英語で回答する。あちらの方々は16:30を過ぎるとそわそわしだして、きっちり17:00に説明会は終わり、まだいる人は個別に質問てことになる。

それを19:00まで。そこから足(車)が自由にできない我々は夕飯に連れて行ってもらう。夜はイタリアン。これまた総勢10名。ラザニアを食す。ウマー。

なんだかんだと気軽に夕飯言うても車(もちろんフリーウェイに乗る)で20マイル(約32km)の場所。ホテルに戻ってきたのは22:00チョイ前。ホテルのテーブルの横に出ているデータポートで繋ぐかどうするか迷うも、明日の着替えとシャワー済ませてベッドに横になった途端、睡魔に襲われ終了。


2007/01/16(Tue)


米国出張2日目

7:30起床。8:00ホテルロビーで朝食。8:30出発(長期滞在している人のレンタカーで)今回の3名(隣の部の子はホテルが違う)が同乗して8:50頃着。

9:30〜セッション開始。11:40までびっちり英語。もちろん質問たくさん。

昼食、今回は現地メンバー交えて昼食。アメリカンレストラン。今回は2つのテーブルに分かれるも、総勢11名。一人一人現地のメンバーに挟まれる。日本語しかめったに使わない二人もそこまでは面倒見れないので、通訳としては放置ぷれい。時折助け舟だすけど。ハンバーガーをメキシカン風味にアレンジしたものを食す。ウマーなんだが量多すぎ、脇に添えられたフレンチフライは半分も食べれず終了。

13:30〜16:30は午後のセッション。内容てんこ盛り。それ以降19:30までメール読んでなんか別の仕事が振られていて日本の仕事を処理する。出張者3名不満ブーブー。

19:30〜これまた10名で日本食。昨日行ったところとは別。餃子がうまかった…(笑)ホテルに帰るとまた22:00前後。今日はシャワーすら浴びる気力なく落ち。実家について二日経っても着いたよの連絡すらできないの巻。


2007/01/17(Wed)


米国出張3日目

7:00起床。シャワー。7:30には朝食のためロビーに。喫煙はロビーの扉の前(もちろん外)と現地事務所の中庭(もちろんセキュリティーの外)のみ。セッション中にブレイクがあったときとLABOに引っ込んで、時間的には自由の間のみ。

部屋からロビーまでは遠い(部屋の扉からはすぐ外のタイプのホテル2階建てが10棟)ため、帰ってすぐぐらいに夜は吸う程度。部屋の中は吸ってばれると罰金。

いつもどおり8:30出発。9:30〜デモを主体としたセッション。

11:45〜本日の昼はコリアン。総勢12名。思ったよりも食欲がなかったのでヌードル系。でもおいしかった(全部食べれてないけど)

午後は、講義?半分。デモ半分。16:45まで。17:00〜日本に勝手に押し付けられて、近所のICメーカーに。相手の会議室で関係者と挨拶しつつ、日本と電話会議。みっちり2時間。

そこから初日の昼に食べに行った日本食レストラン。総勢13名。夜は酒場風味になるので、飲み会みたいな感じ。牛タンと最後の茶漬けがうまかった。

ようやく1日のスケジュールに慣れてきた3日目の今日、ようやく日記書いてアップする気になる。もう猛烈に眠いけど。アップしたら寝る。おやすみなさい。


2007/01/18(Thu)


米国出張4日目

もうだいぶこちら時間の7:00〜7:30までの間の起床にも慣れてきた。足回りが全部頼りっぱなしなのが申し訳ないんだけど、短期出張の場合には車を借りてはいけない規則なんで…。つーか、米国の場合それが無茶言ってるとなぜ上は気づかないんだ?あふぉちゃうか?

本日の午前中はメインは私ではなかったので、どうしても英語として説明しづらいところだけ助け舟を出す。現地駐在中の方が同様に助け舟出していたし、かなり楽させてもらう。

昼はベトナム料理。今回は厄介者3名(うちらのこと)に2名の現地メンバー。まぁヌードル系行くのもいいのだけど、骨付きのビーフとライスのやつをたのんでみる。BBQソースが自分の好みに合っていてウマー。その他で飲み物としてたのんだ物が、強烈に甘くて飲み干せなくてすんまそん。

午後一は別室になり、いよいよ本職メンバーともうちょっと突っ込んだ話をする。大勢向けのセッションと違い、スタートから専門的な質問の嵐。そして現地メンバー同士の会話にもついていかないといけないので、否が応でもヒヤリング全開モード。なんとか聞き漏らさず回答する。

いったん会議室を15時に後にして、LABOによる実習風味に事を進める。鬼のように質問が来るがなんとか対応。

17:30〜日本と電話会議。うちの課長が人を簡単に出しておきながら、渡米前にあたかも全面協力体制をほのめかしていた割りに、この1週間資料要求に対しての音沙汰がないため、そのことを聞いてみる。『忙しくてそれどころじゃない?』お前らの都合でこっちの人間散々振りまわしておきながら、その態度は何?と、かなりカチーンとくる。

結局あちらからの協力は期待できないので、その腹積もりで一応覚悟を決める。テレビ会議を2時間弱やってからLABOに戻り、19:45頃にオーストラリア料理を食べに。夜はやっぱり人が多くなり総勢10名で。9 ozのステーキを食べる。ウマー。

部屋に戻ってくるともう22時。やっぱりこれぐらいの時間になっちゃうなぁ。日記書きながらうとうとしてくる始末なんで、おやすみなさい。部屋帰ってからの時間、何も有意義に使ってない。ほとんどばたんきゅー。


2007/01/19(Fri)


海外出張5日目

とりあえず1週目の最終日(まだ週末に出るって話があるかもしれないけど)なので、気合を入れて行こうかと思ったところ、要である一人(私は所詮通訳程度で技術的には及ばない)が、もてなしの昼食、夕食のバラエティさに胃が追いつかなかったらしく、バテ気味。その他の二人は元気なもので、朝食もしっかりと取る。

午前中。ほとんど最後となるセッション(来週は実際に動かしてみてのQ&Aが主なため)。ほぼ問題なく終わるも、資料が足らなくて手書きで説明した部分が、やっぱりわかりづらいために週末の宿題になる。

昼食。バテてた一人はパス。残る二人と、あちらのマネージャクラスの方1名と3名だけで食事。軽めにって事でサンドイッチを作るパン屋さんに。チキンのサンドイッチとサラダ、オレンジジュースとりんご1個。サンドイッチとサラダはハーフサイズのはずなんだけど、とんでもなくでかい。ありえねー。サラダはコンプリートできずに残す。

午後。LABOでのQ&A。14:00にはバテてた彼のみが他の企業に拉致られて会議。もう一人は違うセッションで、私のみがLABOで対応。初っ端、いろいろなところから質問が飛ぶも、後半は静かなもので楽に過ごす。といっても来週用の資料作りなどしてたりするけど。

すると15:00に全体ミーティングということで、60人超のメンバーが一同に一室に。そこで今週一週間の報告と、この出張中ではまったく関わらないグループに紹介される。ビザなしで居られる90日の滞在期間を要求されたり、2年間ぐらいこっち来たらとか冗談には聞こえない言葉が飛ぶ( ̄△ ̄;) 勘弁してください orz

その後、またLABOに戻り、他の企業に拉致られた彼が帰ってきたところで今晩と週末の話に。今晩の夕飯もパスらしい。送迎をしてくれている90日滞在中(一月半経過)のもう一人も今晩はパスということで、二人で先にホテルへ帰っていった。残った二人のもう片割れが今やっている少数でのセッションが終わり次第夕食にという話に。

結局、週末は明日サンフランシスコ観光(どこ行くかは不明)で日曜は今週一週間分の洗濯とホテルでのんびり(一部宿題作成)ということになり、仕事は無し。残すところ日数にして6日(帰国便に乗る日を入れると7日)。日曜、月曜と一人ずつ新たに来るけど、問題なく終わりますよーに。まぁ火曜日は波乱必死なんだけれども。

さて、残りは夕飯を食べたら更新予定(ここまでの記入は現地時間 18:20 実はLABOで書いているのは秘密…つか、ほとんど従業員もういねーyp)

結局どこに行くかで結構もめてw 19:00過ぎに夕飯のためにサンフランシスコまで。1時間ちょいの道程。予約した時間を大幅に超えた所為か、店内で20分近く待たされる。でもタイ料理ウマー。それほど辛いものは出てこなかったのは良かったのか悪かったのか。戻ってきたら既に23:30近くになっていて、帰ってきてから行かなかった一人に明日の予定を伝える。

明日は11:00出発でサンフランシスコ観光へ。調子の悪かった彼が出てくることを祈りつつ(寝てすごすのはあまりにもったいない)。本日はベッドメイクされていなかった(何を基準に見てるのかと)ので、明日は出かけた後に入るようにフロントに伝えるつもり。そうじゃないとタオルとか足らんねん(正直ベッドメイクはどーでもいい)

今日もぐっすり眠れそうなぐらい疲れてます。意外にキッツイな!海外出張!


2007/01/20(Sat)


海外出張6日目(休息日その1)

海外出張は対外週末は移動で終わったりする(大体が長くても1週間コースなので)。が、今回は2週間なので土日をはさむ。まぁサンフランシスコは全く来たことがないところではないので、観光といっても目新しいところいけるとは思わないけど、せっかくなので勿論行きます。明日の日曜はホテルの周りでぶらぶら。探検するにも足がないので無理。

本日は11:00出発でSF(サンフランシスコ)行き。さぁ昨日倒れた同僚の彼は来るのだらうか。現地9:00時点の今、内線ですら連絡無し。

11:00に集まってみるとフィリピンから駐在気味に来ている3名(昨日夕飯ご一緒した面々)の誰も来ていなかったため、訪問先から今回のサンフランシスコツアーに参加した3名のうち、一番偉い人が電話をかけ、参加の有無を確認。男性1名、女性2名のうち、男性だけが参加。名前かけないのがめんどいな(汗)訪問先の参加者3名は男性1名、女性2名(電話かけたのは男性)

結局総勢7名(訪問先3名、フィリピンからの駐在1名、うちら3名)。2台に分乗していざサンフランシスコへ。途中フリーウェイ降りる場所を間違えながらも真っ先に目指す先、12:45に予約しているというベジタリアンレストランとして有名な、過去Navy(案内してくれた本人は元はArmyといっていた)の倉庫だったところが、今はギャラリー(絵のね)やレストランになっている一角、Greensというお店に。珍しそうな食材がメニューに並ぶそこではラズベリーレモネードと赤芋?(紅芋?)をメインとしたピザを食す。結構うまかったけど4分割されたピザですら1ピースあまらせる(汗)

食べ終わった一同がさて車を出すかというところで、プロテスタントの人たちが大規模なデモンストレーション(中絶反対)でやって道をふさいでしまい、しばらく出られずじまい。うは、なんちゅうところに出くわすんだろうといいつつ、貴重な体験だったのでそれはそれでデモ行列を眺める。

ようやく移動可能になり次は金門橋と名のついた橋を渡り、まずは金門橋を背後にした車の停められる場所へ。アルカトラズ島などを遠めに眺めつつしばし楽しんだ後、今度は金門橋を目の前にしてサンフランシスコを望める側へ。古くはここの湾岸を守ったという砲門後やらに立って雄大な大地を望む。なんだかんだと規模がでかいよ、ママン。自分がちっぽけになった気分になる。しかし、乾燥しまっくってる天候のせいで高い木は育たず、それでもたくましく枯れた大地に根を張る木など見つつ、金門橋近辺を後にする。

続いてはフィッシャーマンズワーフ。2x年前に子供だったころ駐在期間がとけた父親と家族全員でサンフランシスコ→ハワイを経由して日本に帰ってきた頃に寄ったはずのフィッシャーマンズワーフとその周りの風景はもはやなく、でかいモールと化していることに吃驚。うぅむ恐るべし。最寄に駐車してフィッシャーマンズワーフをぐるりと歩いて散策して終了。特に何も買うこともなくこれまでもデジカメなんてものは持たない私は風景などを目に焼き付けるだけ。もしも同行者の写真をもらえたら貼るかもね(貼らないかもw)

続いては、花の咲くころには有名になるLamberd(スペル間違えてるかも(汗))通りへと向かう。坂の頂上に行くだけでも大変。特に今回私が乗ったほうの車は米国でもかなり希少なマニュアル車(アウディだけどね)坂の途中で完全に止まると、ストップ&ゴーに必死。でも運転がうまい女性マネージャーは、若干のブレーキパッドうならせる状態があったぐらいでなんとか乗り切る。くねくねと本来ならば花がきれいな花壇エリアを抜けて、坂の上にある家からけったいな人が大勢おるのぅと眺める猫などを見つつ次の場所へ。

次はチャイナタウンと隣接するイタリアンタウンの近くに駐車して、主にチャイナタウンを散策。駐車したところの場所から向かう間にピンクなお店が並ぶところを通る。Topless Entertainmentとか書いてあり、ちょっと興味がわいてみたり。なぜ刀が各お土産店にあるのか不思議に思いつつもおもしろおかしくウィンドウショッピング。とある店で母親を外に待たせたところで、金髪美人の女の子(レディまではちょいと年が足らない程度)が、上半身部分だけがチャイナ服になっているのを試着していて、それがまたきれいなプロポーション(下はジーンズ)で、さらにちょっとピチピチなチャイナ服がおへそを出しそうな勢いでせり上がるのを必死に裾を押さえてる姿を見て、同行した同僚に萌えとか言ってしまう。その後も思い出してまた萌えてみたり(マテ

最後は予約してあったイタリアンレストランへ。店員、シェフすべてイタリア人。ちょっと癖のある英語で話しかけられ、苦笑しながらも注文する。シーザーサラダとラザニア。こっち来てからのイタリアンレストランでは両方ともメインはラザニア。ラザニアスキーなのでよし(ぇ

だいぶ歩き回った(サンフランシスコでは当たり前の坂道をいくつも上り下りした)関係で足が悲鳴を上げているところにお腹満腹になったため、帰りの車では助手席に居ながら話題を振ることができず、運転手だったマネージャには申し訳ないことを orz それでも必死に話題が出されればなんとか眠気をこらえて会話に参加。

空いていたこともあり、帰りは45分ぐらいで帰着。感謝の挨拶をして解散。いやぁ楽しかった。部屋にて落ち着いたのは22:00過ぎて気持ち良い疲れに体を任せて、ベッドの上で(カバーの上)大の字になって1時間ぐらい寝こける。その後、きちんと着替えて眠いままに掛け布団の中にもぐりこんで就寝。おやすみなさい。


ぐる

久々にホテルで時間が取れたので、ぐるっと日記読んだりして過ごす。そしてプチショックを受ける(なぞ)


page written by ちゃん様 (mailto:ace@ipc-tokai.or.jp)

Generated by Ange v2.6.1.3