五郎は、へそ祭りのマスコットの影から、病院から出てくる男を待っていた。その男が出てくると、慌てて走り出し、遠回りして、路地角で衝突しそうになる。その男は、財津医院の院長先生で、五郎が旭川の看護学校に行っている蛍の就職をお願いしていた人だった。五郎は、一昨年から職業訓練校に通い、最近麓郷の棟梁、加納金次のところに弟子入りしていた。
五郎が、棟梁の金次の作業場に行くと、金次が息子のオサムと何やら話していた。金次は、昨日の五郎の作業について注意した。二人は、完成した御輿の台を車に乗せ、富良野へ向かった。仕事を終え、ラーメンを食べながら金次は五郎に自分の息子のことで悩んでいることを打ち明ける。五郎は、金次の息子が大工を止めて東京へ出たいと考えていることを聞かされた。そして、純が将来何になりたいと考えているのか知っているかとたずねられ、口ごもってしまう。
五郎は、前の家が大雪で潰れて後、中畑木材の土場の隅にあった倉庫を改造して住んでいた。角材を方に背負い、家に戻ると愛犬アキナが五郎を迎えてくれた。入り口の戸を開けると一通の手紙が落ちた。それは、東京の雪子からの手紙だった。手紙には、7月の26日から3日ほど大介と二人泊めてもらえないかと書いてあった。急いで、アキナに夕ご飯を与え、東京の雪子へ電話をかけ、歓迎すると伝えた。五郎は、雪子や大介、最近帰ってこない蛍のことをアキナに話しかけながら夕食を食べていた。
五郎は、蛍の通う旭川の病院へニンジンを届けがてら、蛍に電話をかけ、へそ祭りの日に富良野へ帰ってこれるかたずね、雪子と大介も来ることを話した。
五郎は、雪子と大介を富良野駅で出迎え、中畑の事務所へ連れて行った。そこで、草太がアイコと結婚することアイコのお腹には子どもがいることを知らされ驚く。
草太は、牛の乳を搾りながら、母正子と結婚式のことでもめていた。そこへ、アイコが五郎が来たことを伝えに来た。草太は、そこで久しぶりに雪子に再会し、喜んだ。
その夜、五郎は雪子に急に富良野に来たいと言ったわけを聞いた。雪子は、子どもは母親の方が幸せか、父親の方が幸せかと聞かれ、驚く。そして、昔を思い出し、純はきっと恨んでいるだろうし、恐らく蛍もそうだろうと話した。雪子が、蛍はよく帰ってくるのかと聞くと、五郎は「ああ」とこたえた。
蛍は、時々五郎とは電話で話はしたが、富良野には全然帰ってなかった。帰ってはいなかったが、富良野の駅のホームには何度かは立っていた。それは、一昨年から帯広畜産大学に通っている勇次が住んでおり、勇次に会いに富良野で帯広行きの電車に乗り換えるためだった。蛍は、改札口を出ない自分が後ろめたく、罪の意識にさいなまれていたが、電車が富良野盆地を過ぎ、狩勝峠を抜けて、帯広の町にはいるとそんな気持ちも薄らいていった。電車が帯広の駅に着くと、勇次の待つ改札口に走った。
車に乗ると、勇次が後で大事な話があると言った。それは、28日のへそ祭りの日に、札幌の勇次の叔父が来るから会ってみないかと言うこと話しだった。勇次は、准看で終わるよりも正看を目指した方が絶対にいいと言った。しかし、蛍には、卒業後は、富良野へ帰るという五郎との約束があった。
蛍はいつも、午後5時34分の帯広発の列車に乗った。これに乗らないと今夜の内に旭川に着けなかったからだ。列車が動き出すと、蛍はさっき勇次の言った話を思い出していた。
富良野で旭川行きの列車を待っていると、お祭りのお囃子の音が聞こえてきた。蛍は、自分たちが小さい頃五郎に連れて行ってもらったへそ祭りのこと思い出していた。あの頃の自分は父親の愛情が家族以外の人に注がれることに神経を尖らせていたのに今は平気で余所に愛を向けている自分のことを・・・・・・。
列車が、上富良野に停車した。4人の自衛隊員が乗り込んできた。最後に乗ってきた男が、蛍に声をかけてきた。それは、以前一緒に暮らしていた正吉だった。正吉は、今年の春に入隊したのだった。正吉は、純や五郎の近況を尋ねた。蛍は、正吉に今日ここで会ったことは五郎に言わないでほしいと頼んだ。正吉は、純も蛍も全然富良野に帰っていないことを知らされ、嘆く。そして、今日ここで会ったことは絶対に言わないと声を震わせた。
へそ祭りの日、五郎と雪子と大介の3人が蛍を駅で出迎えた。祭りには、草太の姿があった。蛍は、見物客の中に勇次を見つけた。勇次は、9時に会おうと手で合図した。突然、蛍は肩をたたかれた。正吉だった。五郎と雪子は、正吉の姿に驚いた。
五郎たちは、駅で雪子と大介を見送った。駅を出ると、蛍は今夜は泊まらずに旭川に帰ると言った。五郎は、明日朝早くではだめかと聞くが、蛍はだめだと断った。蛍は、正吉にこないだのことをしゃべらないように念を押した。正吉は、わかったとこたえ、五郎の車に乗り込んだ。蛍は、五郎の車が走り去ると、急いでタクシーに乗り込み、勇次の待つプリンスホテルに向かった。蛍は、たった今の五郎に対する自分の言動に涙した。ホテルに着くと、出迎えた勇次の胸に泣き崩れた。
五郎は正吉と家に戻った。正吉は部屋の隅に純や蛍の子どもの頃の写真を見つける。五郎は、正吉が持ってきたウイスキーで酔っぱらって歌を歌った。正吉は、五郎に封筒を差し出した。中身は、お金だった。そのお金は、昔正吉の母が借りた、お金の一部だと言った。五郎が、封筒を開けると中に2万円が入っていた。そして、五郎は自分は五郎の息子だと思っていると言ってくれた正吉をうれしく思い喜んだ。五郎は、もう一人の息子はどうしてるかなあとつぶやいた。
もう一人の息子は、何となく暮らしていた。わずかな楽しみは、札幌のれいちゃんと毎週土曜日の8時に同じビデオ映画を見て、デート気分を味わうことだった。映画が終わると、電話でくだらないおしゃべりをしていた。純は、こんなつきあい方に少し飽きがきていた。
ある雨降りの日、この日もビザショップの配達用のバイクがいつもの場所に置いてあった。警察が駐車違反の取り締まりをしていたため、純はそのバイクをスタンドの中に移した。配達の女の子は、純の親切にお礼を言った。その夜、純がビデオショップでれいちゃんと見るためのビデオを借りていると、外からガラスをたたかれた。見るとそれは、今日助けたあの女の子だった。彼女は、ガラスにアリガトウと指で書き、ドアが開くと「それ、すごくいい。昨日見たの」と言って走り去った。その夜、純はビデオを見ながら泣いた。
翌日も、その子は赤いバイクで現れた。いつもの場所に止めようとするが、純がホースで手招きしてスタンドの隅に止めさせた。そんな純を見た仕事仲間は、純を冷やかした。純は、少しずつその子が気になってきていた。ある日、そのこの働いているピザショップへ出かけていった。店内を見るとその子が店長に叱られて泣いていた。その子は、店を出ると純を見つけて近寄ってきた。純は、その子に仕事が終わる時間を聞いた。
ふたりは、ラーメンを食べながら、お互いの素性を話した。その子の名前は、松田タマコとわかった。純は、れいちゃんとやっているビデオデートのことを友達のこととして話したが、タマコはロマンチックで最高だと言った。そして、今度一緒にラブホテルで映画を見ようと言い出したので、純はビックリして口の中のラーメンを思わず吹き出してしまった。
タマコと別れてから、純は生まれて初めてアダルトビデを借りて見た。
その木曜、純とタマコは渋谷で待ち合わせた。二人は、ハンバーガーとウウロン茶を買い込んで、ホテルに入った。タマコはビデオに夢中だったが純の方はきがきではなかった。南極物語が始まると、純は我慢できずにタマコに迫ったが、タマコは大声を上げて拒んだ。しかし、タマコはこうなったことが自分のせいだと言って純に謝った。純は、高倉健の目の前で、大人の壁を越えた。それから、二人はちょくちょくビデオ鑑賞会を開くことになったのだった。
夏が終わり、街路樹が黄色くなりかけても二人の会は続いており、二人ともその会に夢中になっていた。だからといって、れいちゃんのようにはタマコを愛していたわけではなかった。愛していないのに会うことは望んでいた。東京に出てきて4年7ヶ月の間にこんな不純なことが平気でできるような汚れた人間になってしまったと感じていた。草太から結婚式の通知を受け取っていたが、純は出席できなかった。
富良野では、草太が結婚式のリハーサルに張り切っていた。蛍は、花嫁のアイコがトラクターに乗ることに反対したが、草太は受け入れなかった。そして、結婚式が始まった。トラクターに乗ってアイコが現れるが、突然トラクターが止まった。アイコの様子がおかしかった。アイコはすぐに救急車に乗せられ病院へ運ばれたが、流産してしまった。アイコを病院に見舞った五郎は、ベットに横たわるアイコから草太を慰めてやってほしいといわれた。五郎は、屋上の草太の所へ行くと、草太から流れた子どものために小さなお棺を造ってくれと頼まれた。
そんなことは全然知らなかった、まるで運命のイタズラのような事件が純の方にも起こっていた。純は、突然タマコから妊娠したかも知れないと聞かされ、心臓がドキドキ鳴りだした。 |
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