No.72 GTV(その2) 01/08/10 走行距離 35,500Km

さて、前回はGTVの試乗のお話だったが、今回はこのクルマの素性を探ってみることにする。幸い、最近はRossoで長期レポート車両になってたりするし、アルフィスタ3やTipo別冊などに紹介されてるのでそちらを読んでもらえばなんの目的でどこで作られたのかというのもすぐわかっちゃったりするのだが、何せレアな車両であることは間違いないようだ。

Tipo別冊には、ドライビングスクールに参加した人が最後に走れるレースでおまけ要素が強い記載があるが、事実は逆ではないかと思う。レースに参加するにはドライビングスクールの受講が義務付けられていたというのがホントなのではなかろうかと思っている。アルフィスタ3にもGTVカップの記載があり、写真も出てるが、アマチュア主体のワンメイクレースとはいえ、皆真剣そのもの。テクニカルスポンサーもしっかりついておりとてもドライビングスクールのおまけで行われたものとは思えない。
ワンメイクレースのアマチュア向けゆえに危険も伴う。少しでも安全にGTVカップに出走できるよう参加者全員にドライビングスクールの受講が義務付けられたのだろう。

このGTVカップ、1999年と2000年に行われたらしい。1999年は年間9戦行われたようであるが2000年の記載は残念ながら探すことができなかった。
車両はアルファロメオからの貸し出しもちろんイコールコンディション。メンテナンスはフィアット・コルセが担当で、エントリーフィーを払っての参加者は毎回変わるためシリーズチャンピオンなどはない。
カップカーの開発はフィアット・コルセが責任を負ったとのこと。ホントのプロが走るレースではなく、アマチュア主体のレースであったのだろうが、サーキット専用車として開発された経緯から見てもレーシングカーと呼んで差し支えないだろう。
GTVもモデル末期ということもあり、カップカーが新規に作られることはなさそうでもある。

車両もモディファイを簡単に明記しておく。いわゆるグループN仕様となるため改造点はかなり少ない。
軽量化と足回りもモディファイが主な改造点である。

外装はツェンダーフルエアロを装着。特に外装パーツの軽量化は行われていないようでもあるが、ボンネットはピンで留められるための穴があく。トランクも止めるための金具がつく。
ハザードは残っているが、フロントウィンカーはとりはずされている。なぜかホーンもついてなかった。
サスペンションはアイバッハスプリングにビルシュタイン。ホイールはテレフォンダイヤル形の17インチ。タイヤはミシュランのパイロットSX。セッティングはもちろんサーキット向けなので固いには固い。
ブレーキはノーマルローターにフェロード製ベレーキパッドが組み合わされる。
ボディはホワイドボディを工場から抜き取り、フィアット・コルセで組み上げたと思われる。塗装は真っ赤な赤だが、下回りはそのまま。アンダーコートなんざなんもない。白い地肌のまんまなのである。

内装はインパネ以外を軽量化のため全部剥ぎ取り、ドアの内張りと運転席・助手席の床下カーボンパネルに。転倒時の安全性確保のためロールケージを張り巡らし、シートはOMPフルバケットGTVのロゴ入り特別仕様である。シートベルトはアンカーを打ちサベルトに交換。助手席のあった場所には消火器とキルスィッチが設置される。
パワステとABS、パワーウインドウ・ドアミラーコントロールは残されるが、エアコン、オーディオは当然取り外されている。このようなモディファイの結果軽量化は約100キロ。また、バッテリーはエンジンルームからトランク付近へ移されている。トランクも当然内装は取り払われていたりする。

エンジンには特にコンピュータ以外手は入っていないと思われる。コンピュータはセッティングし直されプロダクションモデルの30〜40PS増し。キャタライザーも取り外され、マフラーエンドはSuperSprintが取りつけられる。また、エンジンルームには補強のためのタワーバーが取り付けられている。
クラッチはレーシングタイプに交換されている。この他にオイルパンカバーなどもついている。

ここまでがGTVカップレースと車両の概略。で、なぜこの車両が日本に来ることになったか。
実は、昨年よりこのクルマの話を聞きつけたグースネックが直接イタリアまで買い付けに行ったそうな。
そこで現存する車両から、程度のよいものを厳選し、7台が国内に持ちこまれ、売却された。この7台は既に完売しており在庫はない。

比較的程度がよいと厳選された車両は、1500キロ程度から3000キロ未満の走行距離のものばかり。このうち1500キロ代の車両は雑誌Rossoでおなじみの車両である。
ところが、このなかにさらに極上と呼べるとんでもない車両が数台存在していた。走行距離にして1000キロ未満。レースも1戦程度しか走ってない車両もあるのである。
さらに、これまた300キロ未満などというとんでもない固体もほんのわずか存在。100キロ代、200キロ代とあったらしいが、こんなのはレース走ったとは思えないまっさらの新車に近い状態。

この「新車」な車両のうち1台は、2001年7月29日、ツインリンクもてぎで、耐久レースに出場すべく、クラッチ、ブレーキにさらに手が入れられサーキットを疾走した。この模様は雑誌に掲載され、記憶に新しいところであろう。

さて、この「新車」なGTVカップの1台、実はこれがおいらのカップカーなのである。なぜ156を1台手放して、今買わなきゃならなかったかこれで理解してもらえると思う。
実走280キロ、まるで新車のような車両。こんな車両は金積んだって今を逃せば二度と手に入らない。

というわけで、現存する車両から7台が日本国内に上陸したカップカーはそれぞれのオーナーの手に渡った。
ところで、イタリアに残った車両はどうなったか。
実はこのあと、オートトレーディングの手で8台程度が日本に輸入され販売された。グースネックが輸入した車両を合わせ15台。おそらくこれが国内に輸入されたGTVカップカーの全てであろうと思う。

イタリア本国にあと何台眠っているのか不明だが、世界的に見てもアルフィスタにとって貴重な車両となることは間違いなく、その殆どが日本にあることは特筆すべきことであろう。

おいらのカップカーも大切に保管してあげたいと思うばかりである。