<HTML>
<HEAD><TITLE>To Heart マルチシナリオについて</TITLE></HEAD>
<BODY>
<FONT SIZE=+2>Win95版及び、PS版のToHeartマルチシナリオの
根幹に触れる話なので、未プレイの人はみないほうがいいと思います</FONT>
<HR>
Laef及びAquaplusな、作品の感想故、必要個所は引用しています。
ご了承ください。
$Id: multi.html 1.1 1999/03/30 19:32:21 ak-msy Exp $
<!--#exec cmd="/home/ak-msy/HomePage/cgi-bin/logging.cgi" -->
<HR>
<P>PS版のマルチシナリオが私に取って、非常に不満なのは、「御主人様」と
言わせなかったことに尽きる。作り手の意図は兎も角として、これwin95版の
シナリオの根幹だと思っているので。</P>
<P>Windo95版のシナリオでは見る事の出来なかったマルチの私服姿が見られるのは
とっても嬉しし(私が、キャラ絵を初めて描きたいと思ったほどの）、さらに
デートまで出来ちゃうんだ、ユーザの要求をよく分かってるといいたかった..
然し、Win95版のＨシーンに変わるものにはなり得なかったと思う。
ただ、Windows版の時からＨシーンが必要不可欠という意見は
少数意見だったようなので、どうして、必要だと思ってるかをまず
書いとこうと思う。
</P>
<P>マルチの魅力は、作中で言われるように
<BLOCKQUOTE>
		ドジで、間抜で、おちょっこちょいで…。<BR>
		怖がりで、泣き虫で、甘えん坊で…。<BR>
		いつも一生懸命で、誰よりも優しくて…。<BR>

</BLOCKQUOTE>
笑顔を絶やさず、その上自分の分を知っていること。
自分がメイドロボットであることは常に意識している。更に自分が試作機で
あるという分も知っている。マルチはいう、 「まだ見ぬわたしの妹たちがまっていると。」</P>
<P>まずは、win95版で話をすすめると、「いつかこういうお家で働くのが夢なんですよー」と。
そして、
<BLOCKQUOTE>
		「今日はとっても幸せでした。わたし、こんなお家で、<BR>
		浩之さんみたいなご主人様のために働くのが夢だったん<BR>
		です。今日はそれが、短い間ですけど叶いました。残<BR>
	念ながら、わたしは試作機ですから、<U>その夢は叶いま<BR>
	せんけど</U>」。
</BLOCKQUOTE>
(下線はakによる)<BR>

マルチは主人公をご主人様と選びたいのにそれすら試作機であるが故に、
メイドロボットとして主人を選択するということも出来ないでいる。
そして、マルチは帰途へ着こうとし、主人公は抱きしめる。愛しいものを
失わない為に。で、二人が結ばれることで、初めて主人公を「ご主人様」と呼ぶ
マルチ。自分で本来自分には与えられるはずがなかった主人を選択してしまうに至る。
<BLOCKQUOTE>
		「…浩之さんは…わたしの…ご主人様です。…わたしの
		最初で最後のご主人様です…」
</BLOCKQUOTE>
主人公すらこれには戸惑うのだが、マルチが自分の主人を求めてることに気づき
受け入れる。(仰げば尊しといい、こいつただもんじゃない。この瞬間にエロオヤジ的に
マルチに手をだしてたのが、変化する。主人と、メイドロボットの関係に。)
メイドロボットが購入されたわけでもなく、試作機故販売されることもない
マルチが自分で主人を選択してしてしまう。そして、それを受け入れる。
その超えるべき一線てのはシナリオの根幹だと思う。私はがこのシナリオを絶賛するのは
この部分なのだ。マルチは対等な人としてでなく、メイドロボットとしての幸福を
みいだした点と、それを受け入れた主人公。これは結末にも現れていて、マルチは
ご主人様というし、主人公も「オレは、正式にお前のご主人様になったんだからな」と。</P>
対等な人間関係じゃない結論を迎えるあたりが極めて突出した出来だと思っていたのだが。
私の思っていたことは多分作り手側も意識していたと思う（というか思いたい）。
人形物は私の非常に好きな分野なのだが、人形が人に近いところにきました目出度しって
結論じゃなく、人形側が希望する主人とメイドロボな関係に結論を持ってくるあたりが
並大抵なじゃないないなと思っていた。
で、そういう目でPS版をみてみると、これがかなり困ったことになる。</P>

<P>私は作り手側は意図してやってるとおもってたので(引用部分から明らかだと思ってる)、
PS版発表になってから、この選択をマルチがするに至る決定的な何かを一体何にするのかに
すごく興味があったし、然るべき代替えを私は思いつけないでいたので、どういう
シナリオを作ってくるか非常に興味あった。だが、然し、、PS版では、マルチが
主人公を主人とする選択は語られないのだ。まぁ、実際、私のきくとこでも「ご主人様」と
言わせるの嫌いって人も多々耳にするので、シナリオそのものを変更したのかも知れない。
それはそれで成立してれば納得しただろう。</P>
<P>が、実際は、デートに行きました。途中で最後なことを知りました。
最後ぐらいは楽しみたいので遊びました。麦わら帽子をかってあげたら可愛かったです。てな
シナリオだ。これが納得出来るだろうか？PS版でも、「こういうお家で働くのが夢なんですよー」と
家に来た時いってるし、「浩之さんみたいなご主人様のために働くのが夢」だが、
試作機ゆえ叶わないといっているのだ(というかテキスト使いまわし)。で、なんで、
観覧車終わって、麦藁帽子かってあげたぐらいで、後の回想の
「浩之さんのような素敵な<U>ご主人様</U>に巡り会って」という台詞になる。
(下線部ak)<BR>
観覧車降りた後、一体何があったのだといいたくなる。</P>
<P>で、実はPS版、主人メイドロボットな関係から、対等な人間のようなものな関係に
シナリオを改変したかったらしい。観覧車でマルチに「人間と変わらないように
接してもらえて」といわせていたり、ラストで「正式に」主人になったところを、
「みんなで楽しくやろうぜ」（みんなって誰だよ）と変えてたりする割には、
観覧車のシーンが「ご主人様に巡りあって」だったり、ラストが、「オレのものに
なった」だったり、ちぐはぐもいいところである。（というか、テキストの使い回しの
せいも多いいんだが、シナリオ改変してるのにこういうとこが残ってちゃね.、本来なら
途中仮定の台詞も弄らなきゃだめだと思うんだけど。...)</P>

<P>あと、マルチが帰ろうとするのを主人公が無理に引き止めるってのも重要な
行動だと思うのだよね。そんなあっさりでいいのかPS版主人公。何がなんでも引き止めて
手元におきたいけど、あの朝の笑顔だからこそ諦めがつくんじゃないのか？
麦わら帽子が喜んでもらえれば満足なんてのは理解出来ない。</P>
<HR>
<ADDRESS>
ak-msy@ipc-tokai.or.jp
</ADDRESS>
</BODY>
</HTML>
