<HTML>
<HEAD><TITLE>Natural〜身も心も〜 の千歳について</TITLE></HEAD>
<BODY>
<FONT SIZE=+2>F&C「Natural〜身も心も〜」のネタばれ含むので、やってない人はみないほうがいいかと思います。</FONT>
<HR>
1998/6/7記 1999/03/31 修正&HTML化<BR>
$Id: chitose.html 1.3 1999/03/31 18:48:16 ak-msy Exp $
<!--#exec cmd="/home/ak-msy/HomePage/cgi-bin/logging.cgi" -->
<HR>
<P>エンディング回収終わったが、ナチュラルじゃなくて、千歳に心奪われた。</P>

<P>
	最初このゲームをやりたいと思ったきっかけは某所でのレビューもあるのだけど、ヒロイン千歳が「ボク」と
	いう自称になってる点、こういう男っぽい言動をしたがるキャラとかってのは私の好みではある。というのは、
	主にその娘が無理して頑張ってたりそういうところに起因する。で、ナチュラルのヒロイン千歳も同様で、
	コンプレックスがあって無理して頑張ってるのが、「ボク」というのに現れているキャラクターなんではあるが、
	これが主人公側に全く向かない。同様の系列のキャラな、同級生の美沙なんかとはまるで違う。
	ゲーム始めた当初はずしたかな、、と思った。美沙なんかだとそれが、主人公側にも向いてるのが
	とけていく過程その瞬間がいとおしいわけで、そういう要素は冒頭からないのだ。
</P>
<P>
	これは私には元々アピールポイントではないのだが、千歳が主人公を呼ぶのが「お兄ちゃん」であること。
	ってのは一般にはアピールポイントだろう。このゲームの設定はかつて恋人だった人の妹が千歳なわけで、
	お兄ちゃんと呼ばれはするが、言葉だけの問題。基本的に兄妹ものは義理のものでもいんちきで設定にすぎず、
	そこに超えるべきモラルがないと思ってる私には別にぐっとくる要因にはならないのだ。（血が繋がってないなんてのは
	いんちきだよねというか）
</P>
<P>
	で、そういうわけで、ＯＰシーケンスはぐっとはきたものの（このゲーム演出いい）、とくにどうということなく
	ゲームをすすめることになるのだが、、、ふと気づくと、どっぷりと千歳の魅力にはまっていた。
	無意味に、カレーやら、カレーうどんが食いたくなるほどだ（意味不明）。
</P>
<P>
	で、このゲーム、F&Cのweb pageみると、恋愛SIMとなってたりする。爆笑。とはいうものの調教SIMである
	側面も認めてるのだが、このゲーム実はプレイの仕方によっては殆どSIM的要素がなく、ADVだったりもする。
	ある意味サクラ大戦なのだが、サクラ大戦の戦略パートにあたる部分が、千歳に対するＨシーンだけという
	いびつな構造がある。よって、サブキャラって、一応エンディングがあるのだけど、千歳のエンディングとは
	きわめて非対称なのだ。で、メーカーの認める^^;様にある意味千歳を調教するゲームなのではある。..
</P>
<P>
	然しだ、、このゲーム実は、千歳によって主人公が......ってのがメインのシナリオになってる気がする。
	変動するパラメータは確かに、千歳なりサブキャラのものなのだが、、実際のところは違うんじゃないかと
	思う。（いや、ゲーム的なつくりとしてはそういう意味で明らかに育成ゲームなのだが、、脚本的な意味でね）
</P>
<P>
	ゲーム中殆ど無条件に主人公側な千歳、、これだけだと、通常の調教物で絵や声が可愛ければぐっとくるという
	レベルにすぎないのだが、、この千歳の違うとことは、平常時は今までの千歳でありつづけて、主人公の前に
	いる時と２面性を帯びてくる。千歳を壊すことも出来るゲームなのだが、ゲームの尺の中では
	千歳は壊してもそういうシーン以外では元のままの千歳で居続ける。この２重構造は重要で、
	「ボク」として頑張らなきゃいけない千歳と本当の千歳と対比ではなく、、通常の世界に生きる千歳と、
	こちらの世界に生きる千歳の二重構造が立ち上がってくる。
	所謂調教物のように、対象が壊れていくだけならそれはそれだけなのだが、このゲームの一味違うところは
	そこにあると思う。壊すあるいは、かなり壊す路線に追い込んでもゲーム中で通常に千歳は、今までの
	千歳を演じつづける。最後の最後までそれは壊すことが出来ない。
</P>
<P>
	だからこそ（ってっちゃんと理由の説明になってないけども）、平常時である
	千歳のスプーンを咥える姿がいとおしかたり、たとえまずくてもいいから、作り置きなカレーが
	欲しかったりするのだと思う。想いをつげたのは千歳かも知れないが、居場所をみつけたのは主人公の
	方なのだから。エンディング間際の桜の木のしたのシーンでそれは証明されているのではないかと思う。
	自分を許容してくれる千歳を得て主人公がどうしたのかなのだと思う。
</P>
<P>
	で、居場所を求めてやまない私としては、この千歳のあり方はたまらないのだ。たた従順なわけでもなく、
	ただ、恋愛対象としてあるわけでもなく。いつしか千歳が救済の場となっている。それは、千歳が千歳で
	居続けながら許容しているからではないかと。凡てを容認してるいかのようにゲーム中では錯覚する部分は
	あるのだけど、千歳はやっぱり千歳なのだ。という意味で、万里子にいわれたような部分を持つ男が、
	千歳に出会い、そして、あの桜の木の下に至る話なのだと思う。で、プレイヤとしては主人公に
	同化していくしかないわけで、たまらなくいとおしいのだ。
</P>
<P>
	ゲーム中のことなので、得られることのない相手なのは分かっているだが。
	お弁当イベントなんて実に最高なのに、、あそこでフォローいれらないのはたまらなく辛いけど、
	実際そんなもんだろうなというところとか、、、
</P>
<P>	
	このゲーム、もう一つ妄想的に落ち込んでいく仕掛けがあって、、世界が箱庭なのだ。女子校の数箇所と
	自分のうち、下校時の道、自宅の近所しかない。一月近い日時を経ながら、千歳の私服なシーンは
	殆どないのだ。サブキャラに至っては学園外で会うことすら稀である（あることはあるんだけど）。
	ある意味箱庭的妄想に近い世界ではあるのだ。
	 例えば休日、千歳とデートにどっかにいくシーンがあったとしよう。それだけでかなりこの世界は変わってしまう。
	多分、桜の木のしたのシーンが成立しなくなってしまうだろう）
	（この項に限らず、作り手がどこまで意識して作ったかはしらないけど、私にしてはそうだということね。あくまでも）
</P>
<P>	
	エンディングのバリエーションは色々あるのだけど、千歳のからまない
	エンディングなんて興味ないし、ある意味BAD(千歳すらからまない）でもいいと思ってる。
	それは心理的には千歳とのありかたなエンディングになっているからだ。
	（然し、このBADエンディングのビジョン映画だかなんだかでみたような気がするぞ）<BR>
	 #あの腕もとの緩い制服って妙にいいよね、、って＜おぃ＞＞私
</P>
<P>
	LDも買っちゃったよ^^;(1999/03/31追記)
</P>
<HR>
<ADDRESS>
ak-msy@ipc-tokai.or.jp
</ADDRESS>
</BODY>	
